同調演技・2
「簡単に言えば、毎年この村では人一人。死んでしまうのです」
二人を見つめながら呟く葉月。
「…………」
「…………」
「…………」
それ以降言葉がない。何だか変な沈黙の空間が作られる。
「えっと……」
ハナの呟きで取り敢えず空気は変わった。だが葉月はまだ黙ってお茶をすすっている。
「それだけですか?」
「……はい。村の呪いはこれだけです」
「そんな」
訳がないとシロは呟こうとした。
何しろ帝が「憂い」をおびているほどの「呪い」だ。
一年で人一人が死ぬ。
確かにそれは辛い呪いだ。だがそれでは帝は何に対して心を痛めているのか分からない。何しろ国を動かすのならそれこそ多数の死者を出す。それこそ一人と言わず数えることなど出来ないほどだ。
そんな方が何故一年でたった一人亡くなるというこの村を?
「二十三人です」
『え?』
思考の迷路に迷い込んだ二人を呼び戻したのは二人の前にいた葉月だった。葉月は湯飲みを再び元の畳の上に置くと二人に視線を戻す。
「この村にやってきた術師はあなた方以外に二十三人いました」
葉月の声は先ほどと全く変わらず緊張感のない様な口ぶりだ。だがその瞳は鋭さを増していく。
「そして二十三人この呪いを破ろうとして死にました」
『…………』
それはどこか非常に重たい言葉のように二人には思えた。
そのころ疾風と青年はツバメを前にしていた。
いきなり登場したツバメに対して二人は押し黙ってしまった。と言うよりは気まずさが先行して、話すきっかけを逸してしまったという所が本当のところなのだが。
「二人とも……」
そんな状況下の中で転化を作ったのはツバメだった。
「今日、どこで泊まるの?」
「え?」
思わず聞き返してしまう疾風。てっきり頭の怪我のことで因縁を付けられると思ったのだが良い意味で期待が外れてしまった。
ツバメはそんなことなど知らず純粋に疾風が聞こえなかったのだと思い言い直す。
「今日泊まる所。当てがあるの?」
「……いや」
素直にそう答える疾風。
「じゃあ、私の家に来ない?」
「は?」
「……」
疾風は驚き青年は相変わらず沈黙。
「いや、無理にとは言わないけどやっぱり助けてもらった訳だし、お礼したいから」
「え〜と…………」
助けたと言っても怪我させたのもこっちな訳でどちらかと言えば悪いことをしてしまった気がするのだが、ツバメはそうは思っていないらしい。
「…………」
相変わらず青年は無口のままだが、ツバメ、疾風を交互に見てなにやら考えているようだ。
「まあ、大したおもてなしなんて出来ないけど寝る所にだけは困らせないから」
「しかしな……」
何とかやり過ごす方法を考える疾風だが、いまいち説得力のある言い訳が思いつかない。
「良いから。着いてきてよ!」
まごまごしている疾風を置いてツバメは二人の手を握ると引っ張って歩き始める。
「おいおい」
だが無下に断ることも出来ずそのまま引きずられる二人。ついでに意外に力のあるツバメに感嘆もする。
「俺達って今、連れ去られてるんだよな?」
「お前にしては珍しい冗談だな」
疾風はそんな青年と今の状況に嘆息した。
「二十三人の中には、当然歴代の術師であった者も含まれています。これだけでも、この村の『呪い』がいかに奇異なものか分かるでしょう」
説明を続ける葉月。そしてそれを聞き入っているシロ。そして目を瞑って聞き入っている、と言うよりは間違いなく寝ているハナ。だがそんな二人のことなどは最早意味をなさないとでも言いそうな雰囲気で誰にでも語っているような、しかしまるで独り言のような口調だ。
「この村の『呪い』は、確かにその効力自体は他の呪いに比べれば大したことはありません。むしろ呪いの中でも低いものに属するでしょう。しかし、その呪い自体の力は類を見ないほど強力です。私もかつてこれほど強力な呪力を込められた呪いは、見たことがありません。
私は術それ自体に詳しくはありませんので、専門家でいるあなた方二人にこういう事を言うのはおこがましいと思いますが、ですが言っておきます。この『呪い』は確かに帝が心を痛めているほどの『呪い』であると」
そして葉月の言葉は締めくくられた。
「あなた達お二人がこの『呪い』を解くことを、私は願っています」
と。
「もう、日も短いですから寝床の準備をしましょう」
葉月はそう言ってその場から立ち上がり出て行く。
二人は無言のままその場に今だ座っていた。
「これが、帝の命なのね……」
シロは呟く。
それは、非常に分かりやすい任務であった。失敗すれば死。ただそれだけ。
シロは横を向く。そちらにはハナがいて首を時折落としては再び元の位置に戻るという見ていて明らかにうたた寝をしていることが判った。
(もし、死ぬことがあれば…………)
シロはハナに触れる。
寝ている時のハナの考えは全く判らない。非常に弱い感応能力を持つ彼女は触れなければ相手の想いが判らないのだが、それでもとても強く想っているものでなくては掴むことは難しい。
だがシロにとってそれで十分だった。あまりに強力な力は身を滅ぼす。それに強い想いなら知っても良いかもしれない。
ハナはまだ何も想っていない。死への恐怖も別れが近い辛さも。
(私が先だからね)
シロは思う。
別れが近いのはただの推測ではないことを。
「それじゃ、お休み」
ツバメがそう言うと、唯一の光源である、蝋燭の火が消された。
ツバメの家は当然のように狭く、家族のものツバメとその母親、そして弟、妹一人ずつという四人でもぎりぎりなのだが大の大人二人が入り込んだお陰で圧迫感は並ではなかった。だがツバメ以下四人は全く嫌な顔もせず二人に礼をすると食事を与え上座の寝床まで提供してくれた。
食事は不要だという二人に(実際に普通の食料は不要なのだが)無理矢理に食べさせ、風さえ凌げればと言っているのに布団まで取るような形になってしまった。
(無理しすぎだな……)
暗い部屋のお陰で調子が戻ってきた疾風は天井を見上げる。
どう見てもこの家は裕福ではない。食事の間にツバメ自身が語っていたがすでに父親がおらず病弱な母の替わりに自分が働いているのだと語っていた。当然一人の少女が働いて他三人を養うのは並大抵の苦労ではないはずだ。ただこの村独特なのか、周りの人間はとにかく他人を見て見ぬふりは出来ないらしく、食料などを分けてもらっているそうだ。
「この村じゃなきゃ、とっくに身売りしてるよ」
と、冗談にならない冗談をツバメは語っていた。
(少しぐらい報いとかなきゃな)
そう考える。確かにあちらは自分たちのことを救ってくれたと思っているかもしれないが、こちらはあちらに怪我をさせてしまったのだ。何かしらの形で謝罪はしておかなければならない。
夜は吸血鬼の時間だ。
朝や昼は実のところ怨念が停滞しやすいので全力を出すことが出来ない。四百年生きた疾風でも全体の七割前後が良い所だ。怨念の塊を滅ぼした「無数」も本来の威力ではなかったし、本来の威力を出した後の激痛など想像しただけでも気絶しそうだ。
疾風は頃合いを見計らい、全員の寝息が聞こえ始めた所で立ち上がる。五感の調子も良い。全く音を立てずに疾風は外へと抜け出す。
太陽の光が届かぬ、つかの間に深淵。月の光だけではこの闇を覆い尽くすことは出来ず、闇に生きるもの達は有限の宴に酔いしれる。
「俺も結局はその内の一人……」
疾風は歩き出した。
夜、ヨル、よる…………
すてきな宴がもうすぐ始まる。つかの間の、ほんの一瞬の、恐怖と狂気が入り交じり、夜の黒と血の赤が混じり合う、素敵なステキな狂宴。
待ち遠しい。今度の宴は素晴らしい来賓がいるらしい。
木偶が一瞬で消し去られた。あそこには俺を久しぶりに楽しませてくれる存在がいるらしい。
狂気の吸血鬼は今はまだ村にはいない。ひっそりと息を潜ませる。
狂気の吸血鬼は今はまだ村を見ているだけ。いくつもの目が村を眺める。
狂気の吸血鬼は今はまだ気づかない。黒い糸が確実にたぐり寄せられていることを。
疾風が村を歩いていると、月明かりに照らされている一人の少女が目に入った。
(陰陽寮の……)
巫女姿からそれはすぐに判った。だが、二人いる彼女達は顔では全く見分けがつかないのでどうにもならない。
(あっちの方だとまずいから声はかけない方が良いか……)
疾風の頭の中で「滅殺!」と怒鳴る姿が想像された。あちらならこの場でいきなり術を放つくらいの暴挙はしそうだ。夜での戦闘で後れを取る気はないが、疾風には戦う理由がないので気配を消してその場を去ろうとする。
しかし、少女は自然な動作でこちらを振り返った。疾風と少女の視線は絡み合う。
「!?」
何かされると思い身構える疾風だが、少女は疾風を見て薄く笑うだけだった。
「…………」
殺気など微塵に感じさせない雰囲気に、疾風は毒気を抜かれた思いで緊張を解く。
不思議な感じだった。
そこにいる少女は確かに昼にあった双子のどちらかであるはずなのに、どちらの雰囲気とも違う、落ち着いていて、そして全てを見透かしているような印象を与える。
少女は体を疾風の方に向けると笑い人差し指を口元に当てた。
「ここで会ったことは秘密にして下さい」
そう告げて、後ろを振り向き闇の中へと消えていく。そちらには山と森しかないはずだが、少女の足取りは躊躇いが無く、力強さすら感じさせる。
「…………」
疾風は何も言わず少女を見送るだけだった。
「運命」に抗うもの達は多い。だが、抗い、運命から逃れたもの達は結局どこに行くのだろうか。もしかしたらそれこそが「運命」であり、結局の所、どんなことをしても「運命」といういくつの道に歩かされているのかもしれない。
償いの吸血鬼は己の業を支払うまで運命から抗い続ける。
不死者は不死者たる存在を消し去るために運命に抗い、死を求めている。
双子はようやく己の運命を見つけた。
狂気の吸血鬼は己の運命に従い生きている。
誰もが運命に従い、そしてまるでそれしか知らないかのように歩き続ける。ただ、用意されている悲劇に向かって。
闇久の糸〜八章「同調演技・2」〜終