同調演技・1



 一応疾風と青年はツバメを助けた恩人という形で村に入ることが出来た。
当然「即滅殺!」と言う人間も一名いたが多数決の結果、とりあえず事なきを得ることができ、
そして
「まあお茶でもどうぞ」
 葉月の宿舎に招かれていた。
「どうも」
「……」
 差し出されたお茶を躊躇わずに飲む二人。
「…………」
 それを殺意の目で見るハナ。
「…………」
 そして興味津々のシロ。
 だが二人は双子のことを意識して無視しているのかそれとも歯牙にもかけていないのか 目線を合わせない。
そして会話は葉月から始まった。
「まずはツバメさんを助けていただいたことに村の代表としてお礼をいたします」
「いや、当然のことをしただけだから」
 そう謙遜しながらお茶を置く疾風。ちなみに青年はまだちびちびとお茶を飲んでいた。
「ですが、シロさんの話ではあなたは吸血鬼と言うことですが……」
「ああ、そうだよ」
 こともなげに疾風は頷く。
シロの形相がその瞬間鬼かと思えるほどの顔つきになったが 残念なことにそれを見る者はいなかった。
「私も一応引退した身とはいえ陰陽寮に縁がある者です。あなたを野放しにすることは出来ません」
 何の殺気も載せない平静として葉月は語る。そしてその前にいる二人も全く動揺の欠片もない。
「ですが、ツバメさんのこともありますので滅殺はしません」
「葉月さん!」
 一番早く反応したのはシロだった。勢いよく立ち上がり抗議の声を上げる。
「吸血鬼を逃すことは陰陽寮の規律を破るんですよ!」
 そう言って疾風を指さすシロ。だが葉月は彼女に視線を向ける。 先ほどと何ら表情を変えていないがその瞳があまりにも威圧的でありシロは言葉を失ってしまう。
「すみません。その話は後で」
 葉月は静かにそう言って再び二人と向き合う。シロは葉月の視線と言葉に言葉を失ってバツが悪そうに座った。
「と、言うわけでこの村にいる限りお二人に危害を及ぼすつもりはありません。 ただしこの村に何らかの危害を加えた場合は私があなた達に引導を渡すつもりなのでそのつもりでいて下さい」
 その一瞬だけ葉月は口調に殺気を忍ばせる。あまりにも冷たいその殺気はこの部屋の気温を数度下げるほどだった。 だがそんな中でも二人は平然としていた。
「寛大な処置だな」
 疾風は呟く。
「非戦闘主義ですから」
 そう微笑む葉月。先ほどの殺気の色はない。
「毒、入ってないのか。これ」
 場違いにそう呟いたのは青年だった。

「すみません。お二人のお名前は何というのですか?」
 席を立ち二人が去ろうとする瞬間、葉月は声を出した。疾風も青年も葉月の方を見る。
「俺は疾風、こいつは……」
 青年の方を指さすが青年には名前がなかった。
「忘れた」
 なんと言おうか迷った疾風だが先に青年が口を開く。
「だそうだ」
 そう、呟いて疾風は肩を浮かせる。
「そうですか、では疾風さん。人を殺したことは?」
「無かったら吸血鬼になんてなってないだろ」
「いえ、吸血鬼になってからです」
 疾風は正座で座っている葉月を眺めた。その瞳には葉月を見透かそうとするような鋭いものが含まれている。
「…………」
「…………」
 お互い何も話さないがしばらくして疾風は溜息をつく。
「殺してないって言えば信じるか?」
 不敵に笑いながら疾風はそう呟いた。
「血を吸ったことは?」
 笑みなどまるで無視して自分の話だけを通す葉月。
だが別に気を悪くした様子もなく疾風は答えた。
「妖や動物の血なら一通りな」
「そうですか。何かあったら私に言って下さい」
「ああ、分かった」
 そう言って二人は出て行った。

 出て行ってしばらくして。
「聞きたいことがありそうですね。シロさん」
 今にもかみつきそうな顔をしているシロに向かって葉月は呟いた。 だが葉月は彼女の顔は見ていない。
「大ありです!。何故『滅殺』対象の吸血鬼を野放しにしておくんです!」
 勤勉で大真面目なシロにとって吸血鬼を野放しにしておくことなど考えられない行為なのだ。
だが今この状況で怒りを示しているのはシロしかいない。
「野放しにはしませんよ。一応私が彼らを監視します。ですがたぶんその必要はないでしょう」
 葉月はそう言ってお茶をすする。何故こんなに余裕を持っていられるのかシロには理解できなかった。
その気になればこの村など全滅に追いやられるほどの力を持った吸血鬼を彼はほとんど野放しにしているのだ。
もしこの後あの吸血鬼が村人を襲い始めたら、そしてそれを陰陽寮の人間に知られた間違いなくこの場にいる葉月、ハナ、そして自分の首はなくなってしまうだろう。
「どうしてそんなことが分かるんです?」
 そう素直にシロは口にした。葉月は湯飲みを畳の上に置きようやくシロの方に顔を向けて何故か困ったように笑みを浮かべる。
「経験とでも言いましょうか……」
自分でもどうしてなのか分からないのかもしれない。葉月はそんな笑みのまま話を続けた。
「分かるんですよ。これでも一応私は『払』にいた人間です。何度か吸血鬼とも戦いました。 吸血鬼は己の欲望に従いそして死んでいったなれの果て。ほとんどが自分の苦しみの 理由すら理解できず己の業に理由を建てて『死んでいない』事を繰り返すだけです。 ですが彼、疾風は違います。彼はたぶん自分の行いをきちんと理解してそして 吸血鬼として『生きて』いる。だから私はたぶん彼を殺さないでしょう。 彼が自分を許しそして吸血鬼として『死ねる』までは」
 そして彼は再び湯飲みを持ち茶をすすった。シロとハナが自分の言った事をたぶん理解していないだろうと思いつつも彼はただ笑って肩をすくめるだけだった。
 ただ、彼、疾風の隣にいた青年は彼以上に興味をそそられた。死んでいる目だった。文字通り死んでいる人間が放つ瞳だったのだ。
(死んでいるのに生きている。矛盾してますね随分)
 そう、心に疑問はあったが決して体に反応させないところが葉月の恐ろしいところであった。

「厄介な相手だな」
 疾風の葉月に関する感想はこの一言で集約された。
「顔つきは友好気取りのさえない青年だが中身はとんだ食わせもんっぽいな。さっきの言葉じゃ俺たちが何かしたら間違いなくあいつは俺達を殺せると言ってきたようなものだ」
 能ある鷹は爪を隠すと言うがたぶん葉月はその類だ。憶測でものを計るのは危険な行為だがただ先ほどの殺気は間違いなく本物だった。
それだけでも少なくても葉月は言った事は実行するだろう。どんなに分の悪い戦いになっても。
「俺には関係ない」
 そう青年は言ってのける。まあ確かに不老不死の青年ならどんな攻撃をされても意味はないだろう。
「お前はな。まあとにかく俺たちは俺たちのする事をするだけだ」
 神社を抜けて村へと向かう二人。とにかく今日は色々あったのですぐに休息を取る予定だった。
この村に宿が無いのは明確だし少し村から離れた森の中でも入っていつものように野宿するわけだ。
本当なら彼女、ツバメという名前らしいが彼女を適当な家に置き去りにして森の中に帰るつもりだったのだ。その方が何かと都合が良い。とりわけあの双子の術師に会わずにすむにこした事はないのだ。
しかし予定は思いっきりはずれた。何しろ森から抜けたところにいきなりあの二人がいたのだ。これでは為す術がない。
 しかし結果は先ほどの通りになった。まあ幸運だったといえよう。しかしあの二人、とりわけ一方の方はいつまでも自分たちを野放しにしておくつもりはないだろう。そう言った危険な状況でやはりいったんは森に潜み村を監視してあの黒いものを作り上げた相手を見つけ出す事に集中した方が良い。
「そろそろ狩りもしないといけないしな」
「血が足りないのか?」
「ああ、この頃してなかったし心もと少ない」
 そう言って血の塊の入った竹筒を持ってみる。中を見なくても重量で分かるほど無くなっている事が分かる。
「おい、あんた等」
「ん?」
「……」
 声を上げられて反射的に二人は後ろを振り返った。そこには手招きしている老人の姿がある。
かなりの高齢の様で腰はくの字どころか直角に曲がっているほどだ。
「俺らの事か?」
「他に誰がいるんじゃ?」
 自分を差して確認するがどうやらそうらしい。二人は一度お互いを見合わせてそして老人に近づいた。
「あんた等、ツバメを救ってくれたんじゃよな」
「救った…………」
 と、言うよりは余計な仕事を増やした様な気がして素直に彼女を助けたとは二人とも言えない。あのまま走り続ければツバメはたぶん助かっただろうしそれどころか余計な怪我(たぶんたんこぶの一つは出来てるはずだ)をさせてしまっているのだ。
「まあここまで連れてきたのは確かだが」
「そうか。全く大した奴らじゃ!」
「ぐわっ」
「……」
 二人の尻を叩く。老人の力とは思えないほど強烈な一撃だった。
「もし泊まるところがなかったら儂に言え。三食飯付きで泊めてやるから」
 そう豪快に笑いつつも老人は歩いて行ってしまった。
 しばらくその老人を見る二人。
「何だったんだ?」
「……さあ」
 何とも腑に落ちずその場に立ち止まる。すると今度は子供連れの女性が後ろからやって来る。
「ちょっとあんた達」
「はい?」
「……」
 背中を叩かれ振り返る二人。
「ツバメちゃんの事。ありがとね」
 下の子供の声がうるさくて聞き取りづらい。
「はあ…………」
「…………」
「いつでも私の家においで。ごちそうしてあげるから」
 下の子供達が疾風や青年に蹴りを入れている。
「それじゃあ」
 そして女性は帰っていく。子供達は何故か最後にあっかんべーをして女性についていった。
「…………」
「…………」
 女性が消えてから足をさする二人。
「何なんだここは?」
「……随分友好的だな」
 いくつもの村を渡り歩いてきてこれほど友好的な村も珍しい。
 村というのは言ってみれば「世界」だ。その村という「世界」だけで生活する人々にとってその世界外から現れるものは何に対しても不安の対象だ。人間にとって「分からない」ものはそう言うものなのだ。
「まあ、とにかく行くか」
「……ああ」
「あ!いた!」
 後ろを振り向くと同時に叫び声が上がり二人は一瞬体を震わせて素早くそちらに振り返る。
 そこにいたのは頭に包帯を巻いたツバメだった。

「まあ、吸血鬼の方は私が何とかしましょう。それよりお二人には帝の命を遂行してもらわないと」
「あ……」
 シロはそこで声を上げる。自分たちがここにいる理由をすっかり忘れていたのだ。
「忘れてたんでしょ、シロ」
「悪かったわね」
 憎たらしい笑みを浮かべるハナに腹を立てながらシロはそっぽを向いた。シロは真面目な分何か一つの事柄に集中してしまい他の事を忘れてしまう事が良くあった。
「とにかく、葉月さん。この村の事教えてもらえませんか」
「ええ、私もそのつもりです」
 お茶の無くなった湯飲みを横に下げ葉月は姿勢を正す。
「お茶のお代わり…………」
「……」
「……」
「……我慢します」
 場違いな発言に気づいたようでハナは持ち上げた湯飲みを畳に置いた。
「さて、ではお話ししましょう。この村について」
 葉月の目が鋭くなったように二人には見えた。今までの雰囲気が一気に緊迫したものに変わる。
「この村の『呪い』。私が分かっている事、全てお話ししましょう…………」

闇久の糸〜七章「同調演技・1」〜終


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