バレンタイン→ホワイト
 
 
 それは突然の電話から始まった。
 
 俺はその日、仕事で煮詰まってベットに寝転がっていた。大学生の身で卒業間近の俺だが、実はそれとは別の顔が俺にはある。
 「エージェント」。
 前年代に「スパイ」と呼ばれていた職が現代に置いて非常に多くの需要を得て、ついには表の舞台にまでその名を得るようになった。
 現代の魔術師。現代の忍。現代の騎士。現代の伝道師。現代の予言者。呼び方は様々あるが、これはエージェントの仕事のせいだ。エージェントの仕事。それは「情報」。情報を発掘し、情報を操作し、情報を流し、情報を埋葬する。
 この世で最も金になり、この世で最も危険で、この世で最も割の合わない職業。賭けるのは己の命と誇り。返ってくる配当は金とわずかながらの栄誉。
 それがエージェントと呼ばれる職業だ。
 もちろん、俺はそんなに格好の良いことをしているつもりはない。何しろ俺の仕事の大半はその本来のエージェントをサポートするプログラムの作成だ。だから厳密に言えば俺はエージェントじゃない。だが、何でか知らないが「ブランチ」、まあエージェントの集まりみたいなものだが、その世界ランキングで四八位になり、周りから「ハッカー」の称号を得てしまった。
「ふぅ…………」
 名前が売れるというのは良いこともあるが悪いこともある。俺みたいなタイプは喧嘩を売られることは少ないが、仕事が増えるという弊害がある。断っても良いのだが、今回の仕事は知人、しかも恩義がある上にお得意様の紹介と言うこともあり断り切ることが出来なかった。
 
♪〜♪〜〜〜♪〜〜♪〜♪♪〜〜♪
 
「ん…………」
 少しぼうっとしていたので携帯の着信音が鳴っていることに気づくのが遅れてしまう。「ん〜…………」
 ベットの上に置いてあった携帯を掴み、確認もせずに俺はボタンを押した。
「……もしもし、西村ですが」
『あ、西村君。私〜』
「!」
 一気に目が冴えた。声の相手は俺がよく知る人物だったからだ。
「…………どなたでしょうか?」
 取り敢えず落ち着かせるために一旦誤魔化す。
『む〜西村君、冷たい。美月だよ美月』
「いや、冗談だけどさ」
 もちろん最初の一言で誰かは分かっていた。美月さん。俺と同じゼミで異性の中では一番仲が良い人物だ。この前のクリスマス以来メールなんかはたまに来たが声を聞いたり会ったりすることはなかった。
「でもいきなり電話なんて珍しい。いつもはメールなのに」
『あれ?そう。まあたまにはね。それより今、大丈夫?』
「無問題。あんまり暇なんでベットに横になっていた」
『そう、じゃあさ、西村君…………』
 そこで美月さんの言葉がつまる。
「何?」  
 口ごもるなんて美月さんらしくないな。
『…………あ〜やっぱりこの話は後にするね』
「?」
 この話も何もそんな話は聞かされてないんだけど。
『じゃあ、西村君。明日暇?』
「…………まあ、暇だけど」
 差し当たって急ぐ仕事はない。今やっている仕事も今週中に終わらせればいいので明日一日何かあっても大して困ることはなかった。
『なら、私につき合ってくれない。一日』 
「ん〜」
 考える仕草。でも、答えなど決まっていた。
「いいよ」
『よし!じゃあ明日、十時に駅前で待ち合わせ』
「ラジャ」
『そんじゃ明日ね〜』
 電話が切れた。
「…………明日か」
 携帯を再びベットの上に置き、カレンダーを見る。明日の日付は…………
「二月十四日…………」
 その日が一体どういう日なのか男なら直ぐ分かる。
「まあ、期待する方が間違っているけどさ」
 自分に対して言い訳をして苦笑する。
「…………よし」
 気が変わった。今日中にこのやりかけの作業を終わらせてしまおう。
 ベットから飛び出し机に向かう。
 
 二月十四日、バレンタインデー。
 美月さんは一体何を考えてこの日を指定したのだろうか。ふと、そんなことを考え、考えてもらちが開かないことに気づき、俺はPCへと向かった。
 
 次の日
 
「うわ〜ギリギリだな」
 ケータイの時計で時刻を確認して再び走り出す。こんな事なら深夜まで例の仕事を終わらそうと躍起になるんじゃなかった。
「くそ!あんな仕事何で受けたんだ、俺」
 自分に対して悪態をつくが、時間が止まる訳じゃない。俺のアパートから駅まで十分。
しかしその距離が恐ろしく長く感じる。
「俺は肉体労働派じゃないつーの!」
 それでも俺は走るのを止めない。駅はもうすぐだ。
 
「ハァハァハァハァ…………」
 ようやく駅に着いた俺は、肩で息をしながら美月さんを捜す。美月さんは直ぐに見つかった。駅の前に立っている木に背中を預けて時計を見ている。
「美月さん」
 俺は再び、だがゆっくりと走り美月さんの元へ向かう。
「あ」
 美月さんも俺に気づいたようだ。
「ごめん。待った?」
「うん。待った」
 素直に頷く美月さん。俺は一気に脱力する。
「…………こういう時は嘘でも今来たところとか言うのでは?」
「いえいえ、私は真実しか言いません。それに五分も待ったんだよ」
 美月さんはご立腹のご様子。頬を膨らませて怒っている。
「ほら、五分」
 そう言って美月さんは自分の時計を俺に見せた。クリスマスプレゼントで贈った時計ではなく、一般のアナログ式時計だ。その時計はきっちり十時五分を指していた。
「……その時計が早いんだよ」
 苦しい言い訳を言ってみる。
「そんなことはありません。だってこの時計、電波時計だもん」
 電波時計とは世界で最も高性能な時計「原子時計」から送信される電波を受けて時間を修正する時計のことだ。テレビに表示される時計や時報などはこの原子時計を利用したもので、日本なら十万年に一秒の誤差しか生まれない程の精度だ。ちなみに普通のクォーツなら一日で〇.三秒の誤差。これだけで原子時計がどれほど優れているものか分かるだろう。
「…………………………参りました」
 俺は素直に敗北を認める。
「でも、美月さんってそんな時計してたっけ?」
「お、良いところに目をつけたね西村君。実はこれ先日買ったばっかりなの。しかもソーラーパネルだから半永久だよ」
「お〜」
 拍手する。
「って、そんなんじゃ、乗せられません」
「…………やっぱり」
 美月さんならいけると思ったんだけどなぁ。
「罰として昼食は西村君の奢りだよ」
「へいへい」
 まあ、そのくらいならお安いご用だ。
「それじゃ、行こう西村君」
「…………何処に?」
「さぁ?どこでしょう?」
 そう言って美月さんは笑ってはぐらかした。
 
 俺と美月さんは電車に乗る。そういえば美月さんと電車でどこかに行くってのは初めてだな。
「西村君って時計好きだけど腕時計はしないよね?」
「ん、ああそういえば」
 確かに時計は好きだがどうも俺の狙っている時計は高額すぎて手が出せない。
「高くて買えないんだよ。他ので妥協するのは嫌だし」
「そりゃ大変だね」
「美月さんは結構変えるよね」
「うん。デザインとかで気に入ったのとかね」
「電波時計か…………そう言えば美月さん。原子時計がなんで正確なのか知ってる?」
「え?う〜んそう言えば何でだろ。原子時計って良く聞くけど何が原子なのかわからないなぁ」
「フフフ。ようやくこのウンチクを使えるときが来たな」
「待ってたんだ」
 苦笑する美月さん。
「で、原子時計ってどうして正確なの?」
「それにはまず、時間の定義が必要なんだ。美月さん。一秒ってどうやって決めているか分かる?」
「一秒?えっと地球の自転からでしょ」
 美月さんはケータイを取り出し、電卓を選択する。
「えっと、地球の自転が二十四時間で一周だから、そこから六十をかけて分に直して、もう一回六十をかけて一秒に直すと…………」
 手早く数字を打ち込んで答えを導き出す。
「地球の自転移動の八万六千四百分の一が一秒」
「残念ながら外れ。それは昔の話しなんだ」
「え、そうなんだ」
「うん。地球の自転は何しろ正確に二四時間回らないからね。早かったり遅かったりとまちまち」
「そういえば」
 美月さんも気づいたようだ。
「だから昔はある期間の地球一周を基準にしてたんだけどそれも曖昧だ。だから絶対に正確な物を基準に定めようとした。それが『原子時』なんだ」
「お、やっと出て来たね原子」
「原子の運動は常に一定だからね。だから『セシウム原子の吸収する電磁波の周期の九十一億九千二百六十三万千七百七十倍』が一秒と定められた」
「………………え?西村君もう一回言ってくれない」
「セシウム原子の吸収する電磁波の周期の九十一億九千二百六十三万千七百七十倍」 
「…………西村君覚えたの?」
「フフ、下らぬウンチクになら本気を出す男と呼んでくれ」
「馬鹿だなぁ西村君」
「本気で言ってるでしよ美月さん」
「うん」
 笑ってそう応えた。 
 
 結局終点まで乗り、俺と美月さんは電車を降りる。
「乗り換えとかは?」
 今まで乗ってきたのは外来線なので一度改札を抜けたらもう一度切符を買う必要がある。
「今日はここ」
「ここって、いつもの場所だけど」
「今日は西村君に私のとっておきの場所をいくつか紹介してあげようと思って」
「それは期待してよろしいのかな?」
 そう言うと不敵な笑みを浮かべる美月さん。
「フフ、任せなさい」
 そう言って美月さんはサムズアップして俺の前を歩き出した。
「まあ、任されよう」
 何にしても美月さんと一緒なんだからつまらないことはないか。   
 
「で、なしてこんな路地裏を?」
 美月さんに誘われるまま歩いていくと何故か店の影が犇めく路地裏の方へと来ていた。
「こっちからが近いの」
「てか、美月さん。一応女性なんだからこんな場所歩くのは危険だと思うけど」
「…………西村君。『一応』は余計」
 ちょっと本気で怒る美月さん。確かに失言でした。
「ごめんなさい」
「分かればよろしい。あ。ここ、ここ」
 美月さんが指差した場所。そこは昔の駄菓子屋みたいな店だった。
「ここなに?」
 そう尋ねると美月さんは上を指差した。
「…………」
 俺は黙ってその指先を辿り上を見つめる。そこには
 
『高井時計店』
 
 と書かれていた。
「やっぱり時計はかかせないでしょ」
「確かに」
 俺は苦笑した。
 
「いらっしゃい。お、美月ちゃん」
「こんにちは高井さん」
 店に入ると所狭しと時計の置かれている店内が目に付く。そしてそれ以上に目に付いたのが美月さんに親しげに話しかけてくる男だった。いけ好かないというわけじゃなく服装が尋常じゃ無いのだ。
 着物を着ている。いや、あれは作務衣なのか。とにかくあまり普段から着るような服じゃない。年齢は俺や美月さんより一回り上に見えるが着物の上にサングラスまでしているので表情がわかりにくい。
「おや?そっちの彼はもしかして美月ちゃんのこれ?」
 そういって店員らしき着物の男は小指を立てる。
「フフフ、そんなところです」
 笑ってその質問に答えると美月さんは俺の方にむき直す。
「それじゃ、早速見せてもらおうか西村君」
 楽しげな美月さんに対して俺は頷く以外の術を思いつかなかった。
 
「しかし、凄い品揃えだな」
 店の中央に置かれているガラスケースの中にはいっそ無秩序と言えるほどの時計が並べられていた。
「気になるのがあったら言ってくれよ。すぐに出すから」
 着物の店員、高井穐さんと言うらしいがそれだけ言うと店の奥へと消えてしまった。
「結構腕の良い時計技師だったらしいよ昔」
 とは美月さん弁。
「あ、レトログラードだよ西村君」
「実物見るのは初めてだなぁ」
 レトログラードとは普通時計の針は円で回るのに対してそれを扇形、つまり百八十度前後までしか無いタイプの時計の総称だ。車のガソリンメーターや電極などを調べるアンプを思い描けば良いと思う。針は最後まで行くとフライバック、つまりゼロに一瞬で戻り再び時を刻むちょっと特殊な時計だ。
「お〜あっちはキャラクター系のレトログラードか」
 鼠やらアヒルやらの手が針になって動くその姿は何とも可愛い。
「あ!ウサギと亀だよ西村君」
「へぇ〜面白いなぁ」
 ウサギが分針、亀が時針のレトログラードタイプの時計。
「これだと何度もウサギがカメを追い越してるな」
「違うよ亀が兎を追い越すんだよ」
「どうして?」
「フライバックの時。だってウサギはゴールの時間に辿り着く前にゼロに戻るでしょ」
「なるほど」
 つまりちょうど時刻になるとき亀は最後にゴールに辿り着くけどウサギはゴールする前にゼロに戻って再び競い始める訳か。
「これいいなぁ。いくらだろ?」
 下の値札を見ると。
「私のバイトの五ヶ月分…………」
「まあ、そんなもんだって」
 ガッカリと肩を下げる美月さんが何だか可笑しかった。
 
「はむ。でね、この時計もあそこで買ったのよ」
「ずるずる。へぇ〜じゃあ今度俺も買おうかな」
「ずず〜。あ、じゃあ私が選んであげるよ」
「はぐ。あのレトログラードは勘弁して下さい」
「え〜…………」
 非難めいた声を上げる美月さん。しかし、いくら何でもそれは無理だって。
 俺達は時計店を後にすると美月さんのお薦めのラーメン屋に来ていた。駅前のアーケード街にあり、俺達二人は二階の窓側の席に座りアーケード街を歩く人を眺めながらラーメンを啜っている。
「じゃあ、西村君はどんな時計が欲しいの」
「グランドコンプリケーション」
「あんなのお目にかかれたら私、失神しちゃうよ」
「まあ、見てみたいってだけの話し」
 「グランドコンプリケーション」。ムーンフェイズ、永久カレンダー、スプリットセコンド付きクロノグラフ、ミニッツリピーター、そしてトゥールビヨンが組み込まれた時計のことだ。この一つ一つの機構が付けば「複雑時計」の名を冠することが出来るのだがその全てを得ているこれはもはや時計というよりは芸術品の領域だ。パテック・フィリップというブランドが作った「スターキャリバー2000」というグランドコンプリケーションは一個、二億と言われている。ちなみにこれは四個セットなので実質八億出さないと買えないのだ。
「そうだなぁ。やっぱりデイトナだよな。あのスポーツ的なフォルムは最高だと思うよ」
「好きだねぇ、西村君は」
 そう言いながら麺を啜る美月さん。髪が邪魔なのか時折髪をかき上げる。その仕草に少し緊張する。なんだかやけに色っぽいのだ。冗談でも言っていないと緊張で口がきけなくなってしまう。
「餃子お持ちしました」
 俺と美月さんの間から店員が餃子を一皿持ってくる。
「思うんだけどさ」
「ん?」
「ラーメンと餃子ってどうして同時に来ないのかな?なんだかちょうどラーメン食べ終えた後に来ない気がしない?」
「あ〜それはあるかも」
「だよね」
 そう言って笑う美月さんは普段の美月さんだった。
 
「意外に美味かったよあそこのラーメン」
 俺達はアーケード街に戻る。殺気までは眺めているだけだったが今度は歩く側だ。
「そう言ってもらうと誘った甲斐があるよ」
 美月さんは自分のことのように喜ぶ。
「餃子もうまかったし。まあやっぱり餃子とラーメンは同時に出して欲しいけどね」
「そうだよねぇ。どうにかならないのかな、あれ」
 呟きながら俺と美月さんは並んで歩く。だが、どうしても目に付いてしまうのは所狭しとおいてあるチョコレート。何しろ今日がその日なのだ。この日に売らずして一体何時売るのかと言わんばかりに、それぞれ店でこぞってチョコレートを売っている。
「………………」
 やはり意識せざるを得ない。
 美月さんはどうしてこんな日に俺を誘ったんだろう。もしかしたらという期待とまさかとういう自虐が入り乱れて俺の心がざわめく。
「そういえば今日はバレンタインデーだよね」
「!?」
 きた。美月さんから振ってくると言うことは何かあるのか。心臓が勝手に高まっていく。この後美月さんは何を言ってくる気なんだ。まさか、本当に。
「さて、じゃあ次ぎに行こうか。西村君」
 思わずこけてしまった。
 
「とは言っても後はお決まりの買い物コースしかないんだよねぇ」
「普段何処行くの?」
「ん、ほら駅前の百貨店」
「ああ、あそこか」
 いつぞや美月さんと行った場所だ。
「でもあそこは結構面白いよ。普段売ってないような珍しい物が置いてあるし最上階には本屋もあるから暇をつぶせるし」
「そうそう。あそこの家具とか普通なら絶対買わない物とかばかりおいてあるから楽しいよね。パーティーグッズとかも置いてあるし」
「知ってる知ってる。メイドさんとかサンタの安いコスプレ衣装とか売ってた」
「あるある。今度買ってきて着てみようか?」
「そりゃ是非お願いします」
「お金取るけど」
「取るんかい」
 思わず突っ込みを入れて俺達は笑う。
「ん〜じゃあどうしようか?」
「そうだな。じゃあちょっとゲーセン行ってその百貨店へ」
「なんだか一人でここに来てるときと同じコース」
「ご安心を俺もそんなんだから」
 やはり苦笑して、俺達二人は歩き出す。何となくここで手でも繋げたら、俺達は恋人同士に見えるのかもしれないな。
 そんなことを一瞬だけ思い描き、俺は美月さんの横顔を盗み見る。鼓動が高鳴るのを感じる。
(…………たぶん)
 好きなんだろうな。美月さんのこと。
 恋人したいのか親友としてなのか、微妙なところだけど。
 
「西村君は最近ゲーセンでなにしてるの?」
「そうだなぁ。最近まではDCやってたけどオンライン化してからからっきしだな」
「そっか、じゃあ格ゲーは?」
「月花で止まってる」
「一体何時の話し? それ」
「いや、そこそこはやれるけどGGとかは無理。あんな鬼のような奴今更出来ないし」
「そうなんだ。私は最近MBやってるけど」
「え!出たのあれ」
「あれ知らなかった? 先日稼働し始めたんだよ」
「なぁ〜!家に引きこもってたからすっかり忘れてた!行くぞ美月さん!遅れを取り戻さなくては!」
「よ〜しじゃあ西村君をいじめてあげよう」
「うわ、最悪だ」
 早速ゲーセンに行くとちょうど席が空いていた。
「ラッキー。んじゃ早速」
「私2P行ってるね」
「ちょっとくらい待って下さい」
「問答無用〜」
 向かいの対戦台に消えていく美月さん。しょうがない。まあ、MBはPCで散々遊んだからそれなりに動かすことは出来る。
 コインを入れてスタートボタン。デモを飛ばし自キャラを選ぶ。
「キャラは…………増えてないなぁ」
 前回の修正版でも二キャラ増えてたが、見たところ増えたキャラいない。隠しコマンドか何かで出そうではあるが。
「まあ、無難に…………」
 PC版から愛用しているなんちゃって八極拳士少女を選ぶ。
『うわ〜西村君ってもしかして少女趣味?』
 向かい側からとんでもない発言が聞こえてきたが無視する。選ぶと同時美月さんも入ってきた。
 美月さんが選んだのは戦うアルケミスト。こう言うと何だかとんでもない様に聞こえるが設定でそうなっているのだからしょうがない。
「強キャラだなぁ」
『そうなの?台詞が好きだから使ってるけど』
 そうこうしているうちに1stラウンドが始まる。俺のキャラは接近戦がメインなので始まる前に美月さんのキャラに密着させた。美月さんもそれに合わせる感じで特に動くことはしない。
 
 FIGHT!
 
 同時に弱パンチ。しかしこれは美月さんはバックステップで避けて直ぐさま反撃に転じる。美月さんの使うキャラは中間距離から近距離までに対応できるキャラなので間合いを離されると俺のキャラはどうしても防戦一方になる。
 案の定美月さんは中間距離で拳銃や糸を使って間合いを離し、しびれを切らして飛んで近づこうとすると対空を使ってくる完全な中距離戦法を見せる。
「くそ〜」
 結局1stラウンドはそのまま美月さんの圧勝で終わってしまった。
『ふふ〜ん、分かりきった結末だね西村君』
 自分のキャラと同じ台詞を言って勝ち誇る美月さん。
「次は負けん!」
 2ndラウンドが始まる。今度は前に出ず微妙な位置を保つ俺。そして美月さんは勝者の余裕か全く動こうとしない。
 
 FIGHT!
 
「!」
 同時最初に攻撃してきたのは美月さんだ。中距離で相手を一時スタンさせる糸の攻撃。だがそれは読んでいた!
『!?』
 シールドカウンター。普段なら絶対使わないが攻撃を無効化、しかも相手にダメージというMB特有の基本技だ。攻撃が来ると分かっていなければ使えないが見事にはまった。
「よし!」
 会心の当たりに一気に波がこちらに来る。ダウン時に一気に間合いを詰めて接近戦に持ち込む。
『!』
 美月さんは焦ってか無敵対空を出すがそれは既に予想済みだ。冷静に防御して、俺はPC版の動きをそのままトレースする。基本コンボからエリアルを繋ぎ必殺技。そして
「いけ!」
 超必殺! このキャラは対空必殺から超必が入るのだ。ダメージは一気に半分以上。しかも俺はこれまでダメージを受けてない。これで勝負は決まった。
 
「良し!」
 結局最後まで俺のごり押しによって2ndラウンドは俺が奪取する。
『う〜!』
 呻く美月さん。
「まだまだだね美月さん」
『くぅ〜に志村君初めてっての嘘だぁ!』
「嘘は言ってないぞ。嘘は」
 PC版はかなりやり込んだが。
『こうなったら次は本気だからね!』
 今まで本気じゃなかったのか。とにかく最終ラウンドが始まる。
 今度は最初から美月さんが動く。やはり接近戦に持ち込まれたくないのか近づく俺から避けるようにバックステップで逃げていく。 
  
 FIGHT!
  
 同時に俺は突進系の必殺技で美月さんに近づく。しかしそれはあっさりと防御され一気に間合いを離されてしまった。そこから糸の攻撃。俺が防御すると美月さんは直ぐさまダッシュで近づく。そして間合いゼロと同時に投げ。
「しまった!」
 ダッシュ投げとは!
 ダウンから復帰すると再び糸の攻撃。これもやむなく防御すると再びダッシュで近づいてくる。まずい投げが来る。
 俺は直ぐさま空中に退避しようとするが、今度は美月さんの読みがぴたりとハマル。
「な!」
 対空だ。投げと対空の二択の攻撃。基本だが非常に有効な技だ。完全に美月さんの策にはまってしまい防戦一方となる俺。
「まずい」
 何とか抜け出さないとこのままでは負けてしまう。
「こうなったら」
 ゲージはマックス。今なら使える!
 俺はコマンドを入力する。美月さんの攻撃を弾き覚醒。
『!』
 体力が回復していく。マックス状態でコマンドを入力することで発動する覚醒。体力回復と覚醒必殺が使える恩恵を受ける。
 回復していく俺に焦ったか不用意にジャンプしてくる美月さん。ここだ!!
 俺のキャラがモーションに入った。
『あ!!』
 もう遅い。潜在必殺技! 対空としても使えるその技を受けて美月さんのゲージは一気に半分ほど持っていかれた。
「いける!」
 波はこちらがもらった。覚醒状態が解けたがもはやほぼこれで勝ちは決った。
『なんの!!』
 しかし美月さんは諦めてはいなかった。美月さんのキャラが光る。
「覚醒!」
 受けたダメージを回復させながら俺に迫る。
「く!」
 弱気になったら回復されてしまう。攻めの一手しかない。だが、その焦りがミスを誘った。
「な!」 
 不用意に対空を打って美月さんに絶好のチャンスを与えてしまう。
『いけぇ!!』
 連続技からのエリアル発動。まずい。このキャラの超必はエリアルのために用意された真上に打つ特大レーザーだ。あんなのくらったらひとたまりもない。
 しかし、無情にも美月さんのキャラは覚醒必殺のモーションに入る。
 負けた。
 と、思った瞬間、
『あああ!!』
 空振り。
「あ!」
 そうだ、美月さんは覚醒状態だった。超必が覚醒必殺になったことでモーションが変わってしまい空振りしてしまったのだ。
『しまったぁ!』
 嘆く美月さん。
 そして、そのショックから立ち直れず結局俺の勝利となった。
 
「う〜悔しい…………」
 CPU戦は五回戦目で負け俺達は筐体から離れた。
「まあ、エリアルに繋げずに覚醒必殺だったら俺の負けだったね」
「ああ〜人の慣れって怖いなぁ。普段はエリアルに繋げちゃうからついつい使っちゃったよ〜」
 よよよ〜と今にも泣いてしまいそうな仕草で俺達はゲーセンを回る。
「あ、あの人形可愛い!」
 さっきの負けをもう吹っ切ったようで美月さんはクレーンゲームの景品を指差した。
「俺、クレーンゲームは全く駄目なんだけど」
「大丈夫。GOだよ西村君!」
「いや、その自信は一体どこから?」
 しかしそんな俺の言葉を無視してクレーン台まで押していく美月さん。
「さぁ!取るですよ西村君。主に私のために」
「日本語変な上に滅茶苦茶自分勝手だ世美月さん」
 溜息をついてクレーン台を見つめる。まあここまで来たらやらないとダメか。俺は覚悟を決めて五百円玉を入れた。
「美月さんは何が欲しいわけ?」
「あれ」
 指差す先にはちょうど山の上に猫の人形がおいてあった。
「よし、じゃああれを狙ってみますか」
 早速アームを動かす。クレーンゲームの経験は本当にないのでとりあえずカンだけだ。「………………………」
 一回目は軽く擦ってお終い。
「………………………」
 二回目は掴むか、と思われたが結局ダメ。
「………………………」
 三回目。ラストチャンスだ。
「………………………」
 これまでで感覚は掴んだ。いけるはずだ。俺はボタンを押してアームが降りるのをじっと見つめる。
「………………」
 ふと横を見ると美月さんも先ほどの俺と同じようにじっとアームの行く末を見ていた。その目は真剣で、普段の笑顔ばかり見せてくれる美月さんにとってその表情はあまり見たことのない表情だ。ぼうっとする俺に気づいたのか、ふと目元を上げ、俺と美月さんは見つめ合う形になった。
「…………」
「…………」
 言葉無く見つめ合う二人。 
「!?」
「!!」
 慌てて視線をクレーンに戻す。だが、結局クレーンに人形は吊されることはなかった。
 
 
「はぁ〜おもしろかったぁ」
 ゲーセンに百貨店と梯子した俺達は夕暮れ時をゆっくりと歩いていた。美月さんは「最後の場所へ」と俺を案内している。
「確かに。久しぶりに遊んだって感じだったなぁ」
 最近仕事ばかりだったのでこういう風に何も考えず楽しめたのは本当に久しぶりだ。充実した休日を過ごせたと思う。美月さんに感謝だな。
「ホント、楽しかったよ」
「ふふ。誘った甲斐があったね」
 嬉しそうに笑って、俺の方に顔を向ける。
「ねぇ、西村君。今日はバレンタインデーだよね?」
「ん?ああ、そう言えばそうだったな」
 美月さんと遊んでいたせいでそんなことすっかり忘れていた。
「それがどうしたの?」
「うん。まあ、それは後で…………」
 そう言って前を向いて表情を隠す美月さん。
「?」
 一体何を考えているのか、美月さんの表情を窺うことの出来ない俺は分からず首を傾げるだけだ。
 
 美月さんが最後に選んだ場所は橋の上だった。その真ん中に俺達二人は立っている。
「ほら、西村君」
「うん」
 美月さんは指差した先。そこには沈みかけた夕日があった。夕日の光が川に反射して全てを紅く染めている。
「綺麗だよね…………」
「うん」
 そう頷く。俺は夕日に見とれていた。たぶん美月さんも。
 しばらくそうして夕日を眺めていたが、美月さんが何かを探っていることに気づき、美月さんの方を見た。
「はい。西村君」
「え?」
 美月さんの手には小さなラッピングされた箱がある。
「バレンタインのチョコ」
「ああ。ありがとう」
 そうだ。今日はバレンタイン。女性が男性にチョコを送る日だ。俺はその小さな箱を受け取る。
「大切に食べてよ」
「神棚においておくよ」
 二人で苦笑する。
「じゃあ、昨日言いそびれたこと…………」
「ん?ああ、電話の話か」
「そう、それ。実は私ね…………」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 西村君のことが好きなの
 
 
 
 
「………………え…………」
 それはあまりにも普通に、そしてあっさり入ってきた言葉でその意味を理解するのに少しばかり時間がかかった。
「へへ。言っちゃった」
 晴れ晴れとした笑みを浮かべて美月さんは夕日を眺める。俺は混乱して何を言っていいか分からない。ようやく意味が理解し始めて、鼓動が高鳴っていくのが分かる。
「うん。やっぱり私西村君が好きなんだ」
 まるで自分に言い聞かせるようにそう告げて、美月さんはこちらを見た。
「だから今日、告白しようと思ったの。本当は前から好きだったんだけど、やっぱり後押ししてくれる何かが欲しかったから…………」
「…………あ…………えっと…………」
 気の利いた言葉一つ出てこない。告白なんてされたことのない俺は今人生で一番パニックを起こしている。え、だから、美月さんが俺のことを…………。
「ちょ!ちょっと待って美月さん!今、え!嘘でしょ!いや、嘘というのは悪い意味じゃなくて!あ〜!俺今何言ってんだ!!」
「西村君。混乱しすぎだよ」
「しないほうがおかしいよ!!」
 なんで告白した美月さんが冷静でされた俺がこんなにテンパってるんだ。
「じゃあ、西村君には執行猶予をあげる」
「はい?」
「来月。返事お願いね」
「来月って…………」
 二月十四日の来月は三月十四日…………あ。
「お返しは三倍返しが基本だよ」
 手を振って、美月さんは俺の前から消えていく。俺はそれを追いかけようとして、でも追いかけて何を話して良いか分からず結局そこで立ち止まった。
 
 美月さんが完全に消えて、夕日が暮れる頃には俺もようやく落ち着く。すると先ほどのことが全部夢だったんじゃないかと思い、自分の手に持っている箱を見た。美月さんがくれたチョコレート。それは確かに俺の手の中にある。この重さが、この感触が全て現実だったと告げている。俺はその箱の感触をしっかり確かめて川を見る。夕日は沈み、空はもう暗い。
「俺は…………どうなんだろう?」
 その問いかけを後一ヶ月で見つけなくてはならない。三月十四日、ホワイトデー。
 
 バレンタインの告白はホワイトで答えを返す。
 居心地の良かった関係を壊して、俺達は一体どうなるんだろうか?
 
バレンタイン→ホワイト 終わり
 

後書き
ホワイト→レイン