彼方と鳩

 
 レバーをニュートラルに戻し、ドアを開ける。すると、冷たい風が体を通りすぎた。肌の露出した部分は、直にその風に触れるために震え始める。肌を刺すような寒さは、体に堪えた。
 
 ドアを閉めて、助手席に置いておいた革の手袋と毛糸の帽子を手に取る。最初に帽子をかぶり、右手から順に手袋をはめる。しっかりと指先まで入ったことを確認すると、もう一度ドアを開ける。やはり外は寒い。骨身に染みる寒さではなく、肌を瞬時に凍結させ、骨をも瞬く間に冷やしてしまおうとする極寒。しかし、躊躇いもなく外へ出た。
 
 
 朝日はまだ東の空にかかっている黎明の時刻。空には雲は見えないが、身に染みる寒さは、太陽の光では到底癒してはくれない。しかし、凍てつく風は、空気を澄んだものにしていた。
 
 
 白い息を吐きながら、懐から煙草のケースを取り出す。まだ新しく、透明のフィルムもはがされていない。手袋を外してフィルムをはがし、それをポケットにねじ込む。ケースの右端をほぐして中を見ると、煙草がぎっしりと詰められていた。ケースを振って煙草を出すと、そこから一本取り出して、口に加える。
 
 懐にケースをしまうと、今度は右のポケットからライターを取り出した。何の変哲もない、緑色の百円ライターだ。火をつけて煙草の端に近づける。すると煙草の端に赤い火が灯り、煙を吐き出した。煙は空へとのぼり、消えていく。
 
 それをぼんやりと眺めながら、再び吸うと心地よい毒が肺を満たす。やがて肺に煙が満たされ、その煙を大きく吐き出した。息の白と煙の白が混じり合い、空へと消える。
 
 
 煙草を吸いながら、周りを見渡す。実に殺風景な場所だ。周りには田んぼ以外のものが、見えない。彼方を見れば山が見えるが、それを周りと呼ぶには遠すぎる。この季節、すでに稲刈りも終わり、進んで人がやってくるのは来年のことだろう。田かきも終わり、田は来年をゆっくりと待っている。ここにいると、まるで時間に取り残されてしまったかのようだ。
 
 煙草を捨て、エンジンが動く車の後ろへと移動する。車は煙を吐き出し続け、留まることを知らない。一度手を擦り合わせて、手の感覚を戻してから車の鍵を取り出す。トランクを開けるためだ。トランクの鍵を開けてドアノブに手をかけ、開く。
 そこには小さなトランクでは入りきらず、後部座席を占領している立方体の大きな檻。車のほとんどをこの檻が占拠していて、細い鉄格子の中には数十羽の鳩がいた。自分たちが一体どこに来たのかも分からないのだろう。鳩たちはじっとこちらの方を見ている。そして自分たちが鳥であることを突然思い出したかのように羽ばたき、独特の鳴き声をあげた。
 
 もう一本煙草を取り出すと口に加える。ライターに火をつけて煙草に近づけようとしてそれを止める。鳩がこちらを見ていた。目を合わせてしばらく時が過ぎる。しかし一旦その動きを止めたものの、やはり煙草に火をつけた。
 
 あまりにも静かで逆に慣れない。聞こえてくるのは、車のエンジン音と鳩の鳴き声だけだ。煙草を大きく吸って直ぐに捨てる。
 
 地平線を一度見つめて、檻の鍵に手をかけた。鳩はその動きを観察しているのか、首を動かしてはせわしなく動いている。躊躇もなく、鍵を開ける。そして扉を開けた。
 
 鳩たちはそれを待っていたのか、勢いよく飛び出した。我先にと飛んでいく鳩は羽を羽ばたかせてエンジンの音をかき消すくらいの音で飛んでいく。そしてそれは直ぐに消えていった。
 
 
 彼はそれを一人見送った。
 
 
 鳩は一羽たりとも後ろを見ずに地平線へと羽ばたいていく。
 
 それを見つめながら彼はもう一度煙草に火をつけた。
 
 
 佐藤年男は優秀な男である。国立大学から一流企業に入社。お決まりのエリートコースに乗りながらも、企業に貢献し続け、優秀な事業を重ねることで非常に速いペースで経営陣に入ることとなった。しかも彼は己一人で物事を進めるのではなく、時には上の人間や下の人間に手柄を与え、敵を作るということをしなかった。もちろん若すぎるという点のみで敵意をむき出しにする者もいたが、その程度の人間は彼の敵の数に入ることはない。もちろんつき合いに関しても彼は良好で決して内向的ではない。人付き合いは良く、彼を知る人物は彼のことを掛け値無く賞賛することだろう。佐藤年男とはそういう人物だ。
 
 
 朝。彼は決して目覚ましを使うことなく、示し合わせたかのように同じ時刻に目を覚ます。目を開けると五秒ほど待ってから彼は立ち上がった。
 
 時間は午前五時より少し前。
 
 彼は起きると直ぐに近くにかけておいたダウンジャケットをパジャマの上から着込み、部屋を後にする。自室から玄関まではほんの数秒。それを余計な時間を一切使わずその数秒で外へと出た。
 
 雑居ビルが乱立するバブル期の夢の島。そんな残骸立ちの中、彼は価格が地に落ちたビルを一つ買い取り、誰も入居させることなく、独りで住んでいる。築十年以上の古い物件なので、耐震強度もあってないようなものなのだが、彼はそのようなことは気にしてはいなかった。
 
 六階建てのビルの一番上は屋上だ。彼は六階に住んでいるので、今階段を上っているということは屋上に出るということになる。白い息を吐きながら、屋上の入り口までやってくる。自殺志願者が一度ここから飛び降りたことから、彼はここに鍵をかけるようにしている。ダウンジャケットのポケットから鍵を取り出し、百円ショップで売っている安い南京錠の鍵をあけて、扉を開く。すると開けた隙間から寒い空気が流れだす。ダウンジャケットを羽織ってはいたが、目覚めたばかりの体には堪える。しかし、彼は躊躇わずに扉を開けた。
 
 そこには所々が壊れたコンクリートの大地と、さびた手すり。そして、中央に大きな木の小屋があった。
 
 彼は白い息で手を暖めつつ、小屋へと近づく。小屋の外郭は安い木材と金属のネットで構成されている。大きいのは確かだが、人が中に入って優々出来るほどには大きくはない。なによりこの小屋は人が入るための小屋ではないのだ。
 
 小屋の中には十数羽の鳩が静かに宿り木に掴まっている。鳩たちの片足には小さなリングのようなものがはめられており、そのリングにはそれぞれ別の番号が振られている。一から始まり二十で終わるのだが、その間にはいくつか欠番があり、これは練習中に行方不明になったものがいるからだ。
 
 彼は静かに佇んでいる鳩の数を数え、昨日と同じ数であることを確認すると、小屋の扉に向かう。ここでも安い南京錠で鍵がかけられており、同じように彼はその鍵を開けた。鳩達はその動作を見つめている。
 
 南京錠をポケットにしまうと扉のねじをひねる。そして、その扉を開く。
 
 
 鳩は一度躊躇ったが、すぐに外へと飛び出した。
 
 
 十六羽の鳩は一斉に外に飛び出し、羽ばたく。忘れていた空を思い出そうとするかのように。だが、鳩は決して彼方へと飛んでは行かない。小屋を中心にゆっくりと弧を描き飛んでいる。
 
 
 無言で空を見つめる。
 
 
 彼はそれを確認すると、ダウンジャケットの胸ポケットからいつもの煙草を取り出す。煙草を口に加えて空を見上げた。
 
 鳩はこのビル群の上を見下ろしながらゆっくりと飛んでいた。羽ばたきも鳴き声も聞こえぬほど高く飛び、しかし視界から消えることはない。
 
 火をつけ、煙を吐く。それ以外の動作は何もない。煙草を吸い、ただ空を見上げている。鳩たちは朝日の中で飛び続け、彼は煙草を吸い続ける。
 
 
 三本目の煙草を吸い終わると彼は小屋の入り口にかけておいた細長い棒を取り出す。鳩を呼ぶときに使用する笛だ。煙草を捨てて、今度は笛を加える。息を吸い、そして唇に力を入れて笛を吹いた。
 
 甲高い音が辺り一面に広がる。何度も何度も音を出し続ける。
 
 すると鳩たちは音に気づいたのか、今までの進路を変えてこちらに向かってきた。こちらに向かってくることを知りつつも、彼はそれでも笛を吹き続ける。鳩は下降を始め、群れは一直線に小屋に向かってくる。時間にすればほんの数秒で、手の届かない位置にいた鳩は地に戻ってきた。羽ばたき一瞬の滞空から小屋へと向かう。中には小屋の目の前で着地して足を使って入る鳩もいる。
 
 しばらくすると彼が手を下すこともなく、鳩は全て小屋に入っていった。彼は最初と同様に数を確認してポケットから、南京錠を取り出す。扉を閉めて南京錠をかける。
 
 彼は鍵をかけたことをもう一度確認して小屋を後にする。その前に、彼はもう一度空を見上げた。空が曇っていることに、今更ながら気づいた。
 
 
 仕事をおもしろいと思ったことはない。ただ生活のためにしているに過ぎない。だから辛ければ辞めるし、年男にとっては仕事などただ収入を得るための手段に過ぎない。しかし年男はどうせ収入を得るならば出来るだけ多くとも考えているので、上に上がる。上に上がれば仕事は面倒になるが、収入は多い。そして面倒ではあるが、収入に見合うならば、彼はその仕事を続けるのである。
 
 
 年男の与えられた個室。その中で年男は、書類に目を通していた。部下が持ってきた企画書だ。
 
 彼が受け持っている部署では、仕事の合間にこのように社員が企画書を持ってくる。そのため年男は、時折自分の仕事を中断して部下の企画書を読んだりしている。もちろん自分の仕事はおろそかにしない。
 
 実のところ彼は出張や交渉などが無い日は、あっという間に仕事を終えてしまう。昼を過ぎたことになると、溜まっていた書類は全て綺麗にまとめられ、必要なサインや判子も押されている。だが、彼はその後その書類を締め切り二日前まで決して出さない。余計な仕事をしたくはないからだ。だから昼を過ぎた頃から彼は手持ちぶさたになる。だから彼はその暇な時間を利用して部下の企画書を読んでいる訳だ。
 
 
 こういった書類は、一つの音楽だと年男は考えている。目を通す毎にそれは音楽を奏でていく。良い音楽もあれば、悪い音楽もある。もちろん年男の好みもあるのだが、この場合は彼はそういった自分の嗜好を挟むことはしない。そして年男はその音楽に聴き入り、気に入ればその音楽のより良い形にするために、いくつかの部分をその部下に言って直しを入れさせる。自分で直すことも出来るが、それは決してしない。部下に責任をきちんと持たせることで、己の仕事であると自覚させるためだ。そうしてできた企画書を上に通し、手柄のほとんどをその部下に譲るのである。
 
 そのため彼に企画書を出す部下は多い。彼は自分が発端となった企画以外では、全て部下にその手柄を与えるのだ。それに彼が認めるものならば大抵それは成功を収める。彼が慕われ、部下が率先して企画書を持っていくのはそのためである。 
 
 もちろん、彼にとってはそれは単なる暇つぶしでしかないのであるが。
 
 
 彼は一枚の企画書を自分の机に置いた。今日も暇である。
 
 
 
 デッキブラシ、箒、バケツ、ぞうきん、ちりとり、その他色々。それらを持って屋上に上がる。
 
 この時期にしては暖かい日差しが体に注がれ、彼は日差しを見つめた。太陽が真上にある。一度荷物を置いた。バケツには容量一杯の水が張られ、いつでも掃除を始められる。その前に、彼はいつもの儀式のように煙草を取り出す。
 
 煙草を吸いながら彼は鳩小屋を解放する。いつもとは違う時間に開けられたために鳩は最初は戸惑いを見せたが、空の誘惑に勝てなかったのか、扉を抜けて飛び立っていった。
 
 全てが出て行ったことを確認して、煙草を捨て、小屋に入る。
 
 小屋の中は鳩の体臭なのか、それともフンのせいなのか、不快な匂いが小屋の中を満たしていた。本来なら数日おきに掃除をすればいいのだろうが、仕事の都合上なかなかそこまでする時間を得ることは出来なかった。
 
 早速掃除を始める。
 
 まずは宿り木を箒で掃いていき、ちりとりでそれらのゴミを集めて一度外に出る。ゴミを捨てて、次にバケツとデッキブラシなどを持って再び小屋に入る。タワシで壁を磨き、デッキブラシで床を磨く。特に床磨きは念入りに行う。
 
 念入りに。力強く磨き続ける。一心不乱と言う言葉は、今の彼のためにある言葉だろう。何の雑念も持たずに床を磨く。床とデッキブラシの音が重なり、彼の額には汗が滲んでいる。太陽が見えるので、普段よりも気温が高い。しかし彼はそんな中でも汗を流しながらまだ床を磨く。
 
 やがて鳩は飛ぶことに飽きたのか、屋上に戻ってきている。手すりや床、その場に掴まりながら、床を磨き続ける彼を見ていた。彼はまだ床を磨いている。
 
 
 鳩はそんな彼を見ていた。だが、彼は床しか見ておらず、ただ床を磨いていた。
 
 
 その日、年男は接待として、ある会社の重役と料亭に食事をすることになっていた。
 
 時間通りにその人物に会い、料亭へと向かう。
 
 年男は料亭の食事は好きではない。だが、仕事で好き嫌いなどは些細な問題だ。まして接待ならば相手に好まれなければ意味がない。例え自分が嫌いなものでも、相手が好きならばそれに合わせるのが当たり前だ。
 
 相手は良くも悪くも重役だった。
 
 言葉に重みはあるが、中身はない。態度に厳格さはあるが、聡明ではない。
 
 しかし、それが分かったとしても年男はなんら態度を変えることはない。このような柔らは的確に賞賛すれば態度を軟化させていく。言葉の端々に気づいて欲しい、ここが人より優れていると暗に言っている部分をうまく突けばそれでいいのだ。
 
 案の定、料亭から足を伸ばし、ホステスに行く頃には彼は上機嫌だった。次の会談の時には良い話しが出来るだろう。
 
 彼は酔いつぶれたその人物をタクシーで自宅まで送ると、帰路についた。
 
 
 新聞受けを見ると、新聞以外にダイレクトメールが数多く入れられている。一体どのような人物が、この場所を見つけるのか彼には分からない。彼はそれらを全て手にして、自分の部屋に帰る。
 
 部屋に帰ると、暖房のスイッチを入れて、ダイレクトメールの束をダイニングに置かれたガラス張りのテーブルに置き、寝室で着替える。
 
 手早くスーツから普段着に着替えて、煙草を一本吸い、今度はキッチンへと向かった。
 
 彼は自炊をしている。もちろん忙しければコンビニの弁当で済ませることもあるが、一週間のほとんどの朝夕は自分で調理した料理を食べている。
 
 冷蔵庫を確認して、自分の出来るものを検証する。知り合いからもらったキノコがあり、これらを使った和風パスタにすることを決めて材料を取り出した。
 
 
 料理を作り終えると、料理とワインを持ってダイニングへと向かう。家にはワインの他に日本酒や焼酎もある。気分や料理によってそれらを変えるのだ。テーブルに今日の夕食を乗せて、食事を始める。
 
 食事の最中ダイレクトメールを確認していく。どんなものでも全てに目を通す。フォークにパスタを絡めながら一枚目を床に置き、二枚目へと視線を移す。
 
 食べながらそれの繰り返しだ。
 
 しかし、六枚目で彼の手が止まった。
 
 そこには「鳩レース開催のお知らせ」と見出しに書かれた封筒がある。食事をする手を止めて彼はその封筒を開けた。
 
 鳩レースとは自分の持っている鳩を協会に預け、特定の距離まで運び鳩を放つ。そして帰ってくる時間を競うレースのことだ。公平を期すために帰ってくる場所を計算して分速によって結果を出す。今回は二百qのレースの紹介だ。
 
 それを一通り見て、彼は書かれた紙をテーブルに置いた。ただし、過去五枚のダイレクトメールの上には重ねず、その隣の新しい領地にだ。
 
 そして再び食事を再開しつつ、残ったダイレクトメールを読みふける。
 
 結局、ゴミ箱に行かなかったものはその鳩レースの知らせだけだった。
 
 
 煙草を吸い、新聞やテレビのニュース、読みかけの小説や雑誌に目を通す。一通り見ると、風呂に入る。時刻はもうすぐ次の日になろうとしていた。
 
 浴槽に浸かりながら、働き続けていた思考を止める。体の心が暖まっていくのを感じながら、彼は顔を洗う。そうすると新たな考えが浮かんでくる。そして今一番考えなければならないことは鳩レースのことであった。
 
 彼は過去四度、鳩レースの知らせを受けたが、一度も参加していない。たぶん今回も参加はしないだろう。しかし知らせを受ける度にその決心が遅れている。彼は目を瞑り、その決心をつけるために大きく息を吸った。
 
 
 風呂から上がり、先ほどの鳩レースの紙を持ち上げる。一度見たものだが、もう一度一字一句を正確に読み上げ、彼はその紙をゴミ箱に捨てた。
 
 
 軽いストレッチをしてベットの中に入る。寝付きは良い方だ。一度目を閉じれば数分でレム睡眠に移行できる。明日は休日。久しぶりに鳩を大空に飛ばす日だった。
 
 
 
 車を地下の駐車場に止める。朝早く車で鳩を移動させ、寄り道もせずに帰ってきた。まさにとんぼ返りのスケジュールだ。太陽はだいぶ傾いており、もう昼食の時間は過ぎている。
 
 これだけの時間ならば、すでに鳩は帰ってきているはずだ。彼は車に鍵をかけると、駐車場を後にする。階段を一つずつ上りながら、彼は期待と不安を合わせた不思議な気分で屋上を目指す。階段を上りながら煙草を取り出した。箱の中にはもう一本しかない。その最後の一本を加えて火をつける。
 
 
 佐藤年男と彼。同一の存在であるが、彼は人には会わない。年男という存在に守られなければ生きられない脆弱な彼。それを知りつつも、彼は彼を止めることは出来なかった。これが本当の自分であると、今更言えるはずもない。
 
 
 階段を上りきり、屋上の鍵を開ける。さびた扉を開けると、光が差し込んでくる。
 
 屋上を見ると、鳩は彼の帰りを待っていた。
 
 小屋に入っている鳩もいるが、大半はまだ小屋には入っていなかった。その鳩を小屋に誘導しながら、彼は鳩の数を数える。確認は簡単だ。鳩の足を見れば番号の付いたリングがあり、それを見ていけばいいのだから。
 
 一,二,三、四,五,六…………
 
 数を数える。
 
 十四,十五…………
 
 だが、そこで止まった。彼は一度頭をリセットすると再び数を数える。
 
 しかし、結果は同じだった。十六羽いるはずの鳩は数えると十五羽しかいない。彼は屋上を隈無く探したが、やはり見つからなかった。
 
 呆然と屋上を見渡す彼。鳩はいつものように静かに佇んでいる。
 
 
 彼は空を見上げる。
 
 
 どこに行ったのか。力尽きて空から落ちたのか、それとも何か別の理由があったのか。彼は考えるが、しかし、答えは出るはずもない。
 
 
 そして、気づいているのだろうか。彼は、今笑っていることに。
 
 
終わり

後書き