パニックキスパニック
宿儺明良(すくなあきよし)は、成績優秀な高校生だ。
学内では常に成績トップをキープし、全国模試でも上位にいる。
国立大学合格間違い無しと教師から太鼓判を押されてなお、勉学に励んでいる。
容姿は優等生という言葉から想像されるそのままで、黒縁眼鏡に耳くらいで切りそろえられた髪。肌は白く、少し気弱そうだが、瞳には常に何かをやり通す強い意志のような力が込められている。
そんな彼は、この休日を利用して図書館で静かに勉強する予定だった。神童とまで言われている彼だが、決して奢ることはない。油断とは大敵であることを十分承知しているからだ。いつもの筆記用具と気晴らし用のノートパソコン。そして趣味で作っているあるものを愛用の黒塗りの倉庫(ハンガー)に詰め込んで外を出た。
その日は快晴。雲はほとんど見えない。今日は良い日になりそうだ。そう思ったのが、ほんの五分前。
「なのに…………」
今の状況をおさらいする。
「動くな!!」
後ろで明良を盾にしている少女はそう叫ぶ。明良の前にいるのは、まるで映画や漫画で出てきそうなスーツに髪、そして銃まで黒ずくめの男達。
「なんで、こうなるんだ?」
何故だか知らないが、明良は人質になっていた。
「動くな!!」
少女は叫ぶ。
「くっ」
黒ずくめの男達は持っていた拳銃を構えながら、彼女の言葉通り動きを止めた。
「あの…………状況が全く掴めないんですが?」
別に何がいけなかったというわけではないはずだ。
たぶん。
明良は自分の数分前の状況を思い出してみた。
至って普通に道を歩いている時、突然走ってくる少女に首を掴まれ、人質にされた。
何とも単純で、明確で、異常だった。
明良は少女の顔をちらりと見る。
年の頃は明良と同じくらい。すこしウェーブのかかった髪からほのかに甘い香りがしてくる。高級なシャンプーかなと一瞬明良はそんなことを思い描く。切れ目の瞳にシャープな顔立ち。美人と言える容姿だ。ただ人によっては少し厳しそうなイメージを与えてしまうかも知れない。現に明良はそう感じている。この状況がそうさせているというのは容易に想像できるが。
(何、安心しろ。危害を与えるつもりはない)
小声で少女はそう呟く。いや、すでにこの状況で危害を与えられていますと言いかけて明良はその言葉を飲み込んだ。これ以上事態を悪化させたくはない。
「お嬢様! 民間人を巻き込むのはルール違反のはずです!」
黒ずくめの男(A)は銃を構えながら叫ぶ。銃刀法違反は一体どこにほっつき歩いているのだろうかと明良は考える。考えてみれば、自分のこめかみにもそれらしき固い物体が当たっているのだが、なんだか冗談じみていて恐怖心が全く沸いてこなかった。
「フフ、確かにその通りだな」
「なら、すぐにお離しください! そして投降を」
なんだか泣きそうな黒ずくめの男(B)。泣きたいのはこっちだ。残念なことに涙はいっさい出ないのだが。
「だが、お祖父様のルールでは『身内』ならば協力者として参加しても構わないとなっていたはず」
「そうですが…………まさか!」
何かに気づく黒ずくめ(A)。話が勝手に進んでいて、明良が入り込む余地が全くない。人質なのになんだが完全に無視で、少しいじけそうだ。
「そのまさかだ。ね、ダーリン?」
演技十割の笑顔を明良に向ける少女。
「は?」
状況があまりにも目まぐるしく回転しており、普段の四分の一も頭が回転していない。
「ダーリンって…………ぐふっ!」
脇腹を突かれた。犯罪者だ。間違いなく。明良はようやく彼女が危険人物であることを自覚した。
「実は彼は私の彼氏でここで落ち合う予定だったのさ。ね、ダーリン?」
これまた演技十割の(以下略)。
「いや、全く聞いてな…………ごふっ!」
背中を強打された。痛みに耐えながら、次は絶対イエスと答えようと固く誓う。
「そんなでたらめ、信じられません!(C)」
「そうです! 証拠もなく、ただ一方的に民間人を利用しているように見えます!(B)」
黒ずくめ達は一斉に騒ぎ出す。全く持って黒ずくめ(B)の言うとおりなのだが、何故だろう。この状況がやけにコメディに見えた明良。
「ならば、証拠を見せよう」
少女はいきなりそう言うと、明良の顔を掴み、自分の顔に向かせる。
「……………………」
少女の顔が明良の顔に近づいていく。
「え………………」
明良が呟く………………
『え………………』
黒ずくめが全員呟いた………………
「え………………?」
最初は冗談だと思った。だが、明らかに、何か柔らかい感触が、明良の唇に当てられていた。
全員が呆然。
言葉が、時間が、全てが止まった。
それはたぶん、キスという行為なのだが、明良にはいっそ略奪という言葉に近い何かのように思えた。
『…………………………』
きっかり五秒後。少女はそっと唇を離す。
「どうだ? これで私たちが恋人同士だと分かってもらえたか?」
顔を赤らめることすらせず、堂々と宣告する少女。
『………………………………………………………』
しかし全員が先ほどの行為によって動くことすらできない。
明良も沈黙していた。
「お……………」
黒ずくめ(E)がうめき声を上げる。それに呼応するかのように黒ずくめ全員がうめき声を上げる。
「お……………おお…………おお」
そして…………切れた
『おおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
絶叫。絶叫。絶叫。今この瞬間、嘆きの叫びが大気を振るわせ、大地を揺らし、空を割くかのごとく声が響く。
「お嬢様の!! お嬢様の!! 純血がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!(D)」
「いや、純血ってキスだけでしょ」
「嘘だぁ! 俺は信じねぇ!! 信じたくねぇ!!! お母さーーーーーん!!(E)」
「何だよ、お母さんって」
「あんまりだぁ! 俺たちの女神がぁ! こんな若造にぃぃぃぃぃぃ!!!(B)」
「大の男がマジ泣きかよ」
「ゆるせねぇ! あいつがお嬢様をたぶらかしたんだ!!!(C)」
ぴたりと黒ずくめが全員、嘆きを止めた。視線が全て明良に向けられる。
「あの…………なんか、話しがまずい方向に行ってますけど…………」
ゆっくりと少女の方を見る。少女は明良の肩を叩く。
「うむ。死ぬなよ」
「なにそれ! 今さっき危害を加えないとか言ったじゃん!」
「すまん。あれは嘘だ」
「あっさり認めるな!!」
「ふふふふ。お嬢様を騙した罪、死を持って償ってもらおう(D)」
「おーい。されたのはこっちの方って明らかじゃん。なんでその拳銃をスライドして装填完了って感じにしてるんですか?」
「問答無用! お嬢には当てるな!!(A)」
『応!!!』
「満場一致かよ!!」
叫ばずにはいられない。一斉射撃が行われるかと思いきや、そこで鶴の一声があがった。
「まあ、撃つ前に下を見ろ。全員」
少女の場にそぐわぬ冷静で通った一言。
『え?』
全員が下を見る。そこには野球ボールくらいの黒い色をした球が落ちていた。
「キスの間に落としておいた」
「しまっ!!」
誰かが叫ぶ前にそれがカチリと音を立てる。
「行くぞ!!」
「え?」
少女の手が明良の手を掴む。同時、球は閃光と爆音を生み出した。
「ちょ……ちょっと待ってくれ! つか、あんた早すぎ!」
手を引っ張られながら、明良と少女は走り続ける。男達は追ってこないが、少女の足は止まらなかった。
「だらしない男だな。私の婿になる男ならせいぜい十キロを全力疾走できるくらいにならなければダメだぞ」
「絶対無理!! それにあんた人が全力で走れる距離知ってるのかよ! ついでに僕はあんたの婿なんて絶対に願い下げだ!!」
律儀にツッコムところ全てにツッコミを入れる明良。実際は汗だくでそんな余裕があるようには見えない。
「なーに、結婚生活は諦めと慣れと言うぞ」
「人質を取って! その上キスを強要して! ついでに黒ずくめの男の殺害対象者にさせる嫁なんて願い下げだ!」
「ハハハ、照れるな婿殿」
「なんでステップアップ!? つか、聞いてないだろ人の話し!!」
「英国式のジョークだ。さて、ここら辺で良いだろう」
少女はようやく失速を始める。周りを見渡す余裕がなかった明良は、ここでようやく自分がどこかの公園に辿り着いたことに気づいた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ようやく手を離され、明良は膝をついて肩で息をする。これだけ走ったのは本当に久しぶりだ。優等生の唯一の弱点は体育だったが、真剣に体を鍛えようかと場当たり的なことを考えてしまう。
「これでしばらく時間を稼げるだろう。いや、むしろ攻勢は諦めて防御に回す可能性もあるな…………」
少女は持っていた銃を確認して腕輪型の格納器(ディバイス)に銃を突きつけデジタル化する。
この時代。物質をデジタル化して質量をゼロにすることが可能になり、ものを持つという行為がナンセンスになっていた。
人々は物質をデジタル化する格納器(ディバイス)と、そのデジタル化したデータを補完する倉庫(ハンガー)を持つことのみとなったのだ。
昔は倉庫はデジタル化するものより重かったが、現在では軽量化と小型化が進み、ポケットに収まるサイズで大きめなボストンバックと同程度の物質を補完することが出来るようになっている。
とりあえず二人はベンチに座った。
「すまなかったな。つき合わせて」
「全くだ。一体何なんだよ?」
まだ息が整わない。明良は何とか回復を図ろうとするが、この疲れはしばらくとれそうになかった。
「そうだな。婿殿には話しておく必要があるだろう」
「それって、もう、デフォルトなの? それに僕たちお互いの名前すら知らないんだけど」
「そういえば名乗っていなかったな。私は西川円(にしかわまどか)。これでもこの国で五指に入る金持ちの男の孫娘だ」
「宿儺明良。ほんの十分前まで平凡な人生を送ってきた男だよ」
もう、何を言われても動揺などしない。
「そうか、そうか。ようこそ刺激的な世界へ。さようなら凡庸の世界という訳か」
「出来れば返してくれ! 凡庸の世界をさ!!」
三秒前の思考を撤回する。
「フフフ、私の夫となる男がこの程度の刺激で参っているようでは体が持たないぞ」
「いや、なるつもりないから。これっぽっちも、全力で」
「ふむ、やはりキスだけでは既成事実として不足か。しかし私は婚前交渉はしない古風な女だからな」
「古風な女は銃を突きつけたりしないし、まして初対面の人間にキスはしない」
「今のは軽いアメリカンジョークだ。婿殿」
「一体どのあたりがアメリカンなんだよ…………」
もう何もかもが嫌になってきた。明良はそう思いつつ空を見上げた。
空はまだ青く、小さな雲しか見えない。
「ああ、家に帰りたい」
本音が漏れる。
「なに、私の用事が終われば謝礼つきで帰してやろう」
「何だよ。用事って?」
「お祖父様を暗殺(ヒット)する」
「阿呆だろ! あんた阿呆だろ!!」
しかし円と名乗った少女は屈しない。
「ふむ。今のは誤解を招く発現だったな。厳密に言えば文字通りヒットだ」
そう言って円は腕輪型の格納器を操作する。するとデジタル化して倉庫に入っていたデータは無線LANを通じて格納器に伝わり、円の手の中に物質化する。
それは先ほどしまった拳銃だった。
「これでお祖父様の体どこにでも当てれば私の勝ちになる」
「いや、死ぬじゃん! 銃に当たって死なないのは強運の持ち主か映画くらいだけだから!」
「安心しろ婿殿」
そう言って拳銃のマガジンを開き弾丸を一つ取り出す。
「これを見ろ」
そう言って弾丸を投げよこす。
「これは?」
「特殊な弾頭を使用してある弾丸だ。当たっても即座に衝撃を緩和させて威力を殺すことができる」
「そうなの?」
よく見ると弾頭の先が平らでT字型になってた。
「ただし、当たると中に入った液体が付着する。その液体は非常に強力な睡眠効果を促し嗅いだだけで数時間は昏倒する優れものだ」
「いや、それってなんか致命的に駄目な気がするんだけど…………」
首をひねりながら、弾丸を少女に返した。少女は弾丸を再びマガジンに収めて中にしまい込む。
「ふ、死ななければ大丈夫だ」
「………………」
たぶん彼女との話し合いは一生無理だろうなと明良は思った。
しばらくの時間が過ぎた。
「…………………………」
聞くこともなく、明良は円を見る。円は現在の装備を確認していた。予備の銃やマガジン、手榴弾のようなものまで。全ての武器に殺傷能力はないそうだが、不吉ではある。
明良は溜息をついて公園を見る。森林公園と言うのだろう。非常に広い公園で都会の喧噪から少し離れた憩いの場だ。
しかし、現在は拳銃を持つ少女と隣に居合わせて憩いも何もあったものじゃないが。
ぼうっとしていると頭の回転も良くなってくる。明良の頭にふっとよぎる疑問が出てきた。
「…………でも、何でこんな事やってるんだ?」
手榴弾を拭いている円は明良に顔を向けた。
「何の話しだ?」
その手を止める。
「いや、お祖父さんを撃つってのも理由があるんだろ?」
「そうだな。確かに理由はある。だが、庶民の人から見ればあまりにも些細な話しだが」
円の口ぶりに少し憂いが籠もるのを感じた。手榴弾をデジタル化して、明良は円の方に視線を向き直した。
「私にはしてみたかったことがあるのだ。ただお祖父様はそれに反対してね。両者譲らず最後には殴り合いになったんだが、それでも決着がつかず、最終的に一つの賭けで決めることになった。それがこれさ」
そう言って銃を見せる。
「私がお祖父様にこの銃弾を当てれば私の勝ち。お祖父様が私に銃弾を当てればお祖父様の勝ちということだ」
「もう少しまともな賭はなかったのか?」
撃ちつ撃たれる賭なんて明良はまっぴらごめんだが。
「そのために私は戦っている。何が何でも自分の望みを叶えるために」
「無視かよ」
円は明良の方を向いてにやりと笑う。何が何でも叶えてやろうという強い意志が見て取れた。
「いや、そんな瞳で見られても僕の言葉は無視ですか?」
「しかしお祖父様も本気だ。護衛の人間を総動員させて私を追ってきたのだから。まったく、武器の数も残りわずか。八割は壊滅させたが、そろそろ限界のようだ」
「どこからツッコムべき? 祖父さんが護衛総動員させたところか、あんたが八割壊滅させたところか?」
円は銃もデジタル化させた。
「さて、行くか婿殿」
立ち上がる円。明良はそんな彼女を見上げる。
「行くって?」
「お祖父様の屋敷だ。銃弾の雨霰を越えてお祖父様をヒットしないと」
「一人で行ってください」
そんな場所に進んで行くのはフルメタルジャケットな奴しかいない。
「ふむ、それだともし私がいないとき護衛に見つかった場合、文字通り射殺されるな」
「…………あながち嘘っぽく聞こえないのはどうして?」
「行くぞ婿殿」
危険な笑みを浮かべつつ歩く円。そんな円に追いつくために立ち上がる明良。
「どうして、こんなことになったんだ?」
誰にも分からぬ問いを呟きながら円に置いて行かれぬよう明良は後を追った。
「………………あのさ」
「どうした婿殿?」
「後、何時間、僕らはここに隠れていればいいんだろう?」
たぶん、二桁の記録を更新しただろう質問を明良は呟いた。
深夜。月も見えない曇りの夜。日中はあれだけ晴れていたのに天気の変わりは早いものだ。そんな闇の濃い夜に二人は草の茂みに隠れていた。
「もう少しだ。そろそろ時刻としても、もっとも暗い時間になる。それに目も十分に慣らしておかないとな」
「慣らしに数時間の時間を有する必要はないと思うけど」
二人はここにかれこれ七時間近く隠れている。うつぶせに寝転がり眼前の豪邸を監視していたのだ。うつぶせのお陰で体力はそれほど削られることはなかったが、やはり問題は時間の長さだ。とにかく退屈で、しかも声は全て小声。寝ることは許されない。生涯最も長い七時間だったと明良は思う。
「しかし、本当に金持ちなんだなぁ」
双眼鏡からでないと見えないが、そちらにあるであろう豪邸を明良は見つめる。
双眼鏡から見えたその豪邸は、冗談なくらい大きな豪邸だった。よくテレビの番組でやっている東京ドーム何個分というフレーズが頭によぎるほどの大きさ。しかも造りはいかにも強固で、それでいてきらびやかに出来ており、震度六強の地震でもヒビ一つつけられそうにない。
「あれでもウチでは小さい方の部類だぞ」
「庶民の感覚が跡形もなく粉砕されていく…………」
頭を抱えた。今日は自分の常識が何もかも通じないようだ。
「もう少ししたら見張りが若干手薄になる。そこを見て出撃しよう」
「死にたくないなぁ…………」
円はともかく、自分は冗談抜きで射殺される可能性があることを思い出す。しかし円はこちらを向いて不適に笑った。
「安心しろ、婿殿。婿殿は私が守る」
それは力強い言葉だった。例え自分が不利になろうとも実行するであろう強い意志が感じられるほどに。
「………………」
そんな円に明良は一瞬見とれてしまった。
「どうした。婿殿?」
首をかしげる円。明良ははっと、気づき、意識を取り戻す。意識を取り戻すと急に気恥ずかしくなり、明良は何か話そうとする。すると、ぱっと明良の中で一つの質問が浮かんだ。
「あのさ。まだ、聞いてなかったんだけど、西川さんが……」
「円だ。名字で言うのは止めてくれ婿殿」
「…………分かったよ。じゃあ円さんが」
「さんはいらないぞ、婿殿。私と婿殿の仲ではないか」
「一体どんな仲なんだよ? まあ、とにかく円」
「うむ。婿殿に名を呼ばれると感慨もなく嬉しいな。考えてみれば始めてだ」
「そう? って、さっきから話し進んでないし。とにかく、円は一体この賭に勝って何をしたいの?」
一番に聞かなければ疑問。これほどのことをしてまで円は一体何を望んでいるのか。
「………………」
円は一旦、屋敷を見て、そして再び明良の方に顔を向けた。
「前にも言ったが、庶民に言わせれば、なんてことはないつまらない事だ」
「だから、具体的にはなにがしたいんだよ?」
「…………言わないとダメか?」
意外なことに円は躊躇っているようだった。こんな、自分が世界の中心にいると本気で思っているような娘が躊躇うことがあるなんて。明良は少し驚きながら、頷いた。
「ふぅ…………笑わないでくれよ。婿殿。実は…………」
そして円は自分の望みを明良に言った。
「…………え? それだけ?」
「ああ、それが私の望みだ」
「そんなことのためにこんなことやってるの?」
「うむ。だから言っただろう。庶民にしてみれば大したことではないと」
「まあ、確かに普通だけど…………」
「私はお祖父様から様々な英才教育を受けたし、そういった事は不要だった。だが、様々な書物に出てくるそれにあこがれていたのだ。だからお祖父様にそれを告げた」
「…………………………」
明良に言わせれば、それは本当に大した事ではなかった。だが、そんなことに対して円は馬鹿馬鹿しいほど真剣に祖父と戦っているのだ。実は彼女は可哀想なのではと思う。思い、そして少しだけ、円に好感を持てた。
「よし、行くぞ婿殿。なんとしてもお祖父様に勝たねば」
「ああ、ちょっと待って」
「どうした? 厠なら後方に三百メートル匍匐前進して…………」
「いや、そうじゃなくて! 僕も少しだけ協力するよ」
「? 異な事を。婿殿はすでに私に協力しているだろ?」
首をかしげる円。何もしてない自分に対して『協力している』と言ってくれた円にまた少しだけ好感を持つ。
「いや、まあ僕も乗りかかった船だし、それにこのまま何もせず終わるのも何だか癪になってきたから」
そう言って明良は己の格納器、腕時計型のそれを動かし、倉庫に入っていた物を物質化させる。
「派手にやろう」
笑う。その笑みが円に非常によく似た不敵な笑みだと明良自身気づいていないだろう。一方の円はきょとんとした顔をして、手を動かす明良をじっと見ているだけだった。
「あ、そうだ。ついでだから円」
「なんだ?」
「これ、着てみてよ」
「ふむ、来ぬな」
豪邸の奥の一角。そこに西川源蔵(にしかわげんぞう)という老人が部屋の中央で大きな椅子に座っていた。その名を聞いて驚く人間は多くいることだろう。もうすぐ還暦を迎えようというこの老人こそがかの有名な西川財閥の総帥であるのだから。しかもその年齢に対して、この老人はそれを感じさせぬ精力に満ちあふれている。ただ前にするだけでその気にあてられてしまいそうなほどだ。
そしてその隣には一人の黒ずくめの男。言ってみれば黒ずくめのリーダーだ。彼は老人の隣で美しいとまで言える気を付けの姿勢を続けている。
「いえ、お嬢様は必ず来ます」
リーダーは断言した。リーダーはお嬢様、つまり円のことを生まれてから今に至るまで知る人物でもある。彼女の性格からして長期戦に持ち込むことはない。少しばかり無理矢理にでも短期決戦に持ち込むであろうとリーダーは予想していた。長期戦では人数に勝るこちらが有利であることを彼女は熟知しているのだ。
「そうか。しかし、我が孫ながら末恐ろしいものだな。ワシに、西川財閥総帥であるワシに躊躇い無しの右ストレートを放つものはあやつだけじゃて」
「は、しかしそれでこそ…………」
「うむ。あやつこそ西川財閥を受け継ぐものだ。権力を恐れず、孤高にして誇りを失わず、己の道をただ突き進む。あれこそがワシの継承者にふさわしい」
老人は右ほほの湿布に触れながら微笑んだ。
「だからこそ…………」
老人の瞳が光る。
「あやつを鍛えねばならぬ。ワシはあやつの巨大な壁となり、あやつが乗り越える大きな山とならねば」
「御前様の深い思慮。感服いたします」
黒ずくめはゆっくりと体を曲げる。
「うむ。決してあやつを可愛さ余ってとか軟弱な虫どもに晒したくないとかそんな理由ではないのでな」
その言葉を放った瞬間、老人はタダの呆け老人になってしまった。
「……………は」
しかし、隣にいるリーダーは表情も言葉尻も変えずにただそう言った。
(絶対、それが理由だよな?)
(まあな)
(し! 聞こえるぞ)
老人とリーダーを囲む、これまた黒ずくめの男達はひそひそと話し合う。
実際、この老人は円を溺愛していた。優秀であり、唯一の孫である円を可愛がるのは当然のことであるが、可愛さ余って会社一つを潰しかねない常軌を逸した可愛がり方をしてしまうのだ。普段は円の母親、つまり老人の娘がストッパーの役割をしているのだが、今回彼女が海外出張のためにこのような事件が起きてしまい、黒ずくめ達が迷惑を被っていることになる。
「しかし、あやつはどう来るかのう…………」
顎髭をさすり、円に似た不敵な笑みを浮かべる老人。実際は円の笑みが彼に似ているのだろう。
「…………奇襲。それしか考えられません。大多数の人間を一度に倒すにはそれしかあり得ないでしょう」
円の奇抜さはここにいる誰もが認める所だ。だからここにいる全員が人数による有利性を考えてはいない。円と戦うということはつまり、そういうことなのだ。
「ふむ、奇襲か………………」
「は…………」
バチン!
「はい」と応える間もなく、突然部屋の照明が消える。
「!?」
男達はすぐに懐の拳銃を引き抜き、辺りを見渡した。しかし照明の明かりはなく、外は月も出ていない闇夜。目の慣れていない全員がこの状況の中、まともに五メートル先も見ることが出来ない。
「全員環を狭めろ! 照明はすぐに復旧するはずだ!」
リーダーはそう叫び、自らも拳銃を取り出す。男達は指示通りすぐに後ずさり環を狭めた。辺りを警戒しながら照明の復旧を待つ。しかし、いくら待っても照明は復旧しない。
(何故だ?)
リーダーの額に汗が伝う。
この屋敷の電気系統は数種類に及び、どれが一つがダウンしても他の系統がそれをカバーする仕組みになっている。そしてその全てを遮断するにはどんなに見積もっても数時間の時間を有し、円一人でそれを実行することは出来るはずがないのだ。彼の考えとして電気系統の遮断は想定される事態の内に入っていた。だからこそざわめきこそあったが、部下達もそれに対する対処法を迅速に移すことができた。しかし完全な暗闇で戦うということは想定にない。
(これが、お嬢様の狙いなのか…………)
常に彼女は自分たちの予想の斜め上を行く。そしてそれは今、証明されている。
バン!
突然、ある一箇所が明るくなる。それはスポットライトのように一人の人物を浮き上がらせていた。
「お嬢様!!」
二丁の拳銃を持ち、片目を瞑りその場に立つ円。まるで舞台のヒロインのような神々しさで全員がその姿に見とれていた。
「いくぞ」
円が一言、背筋が凍るほどの美しく冷えた声でそう告げた。
「!!」
全員が銃を円に向ける。それと共に円は動いた。
「!」
跳躍。同時に発砲音。
「ぐわ!」
「ぬ!」
発砲音と同じ数の黒ずくめが倒れる。
「撃て!!」
リーダーは率先して円に向けて発砲する。それが全員の引き金となり、黒ずくめ全員が円に向けて睡眠薬入りの弾丸を放つ。しかし、すでは円は闇の中に溶けていた。それと同時に照明が消え、再び暗闇が戻ってくる。
「く!」
全員の発砲が止まった。この暗闇の中むやみに撃つことは同士討ちの可能性がある。発砲を止めて相手の出方を見るしかない。しかも先ほどのスポットライトのせいで暗闇に慣れた目が光を浴びてしまった。
「やられた」
それが狙いだったのだろう。確か円が現れたとき、円は片目を瞑っていた。あれは光のせいで夜目が利かなくなることを防ぐ配慮だったのだ。
しかし、まだ終わってはいない。リーダーは気持ちを直ぐに切り替える。こちらの人間がいくらやられようとも、最後に円に一撃を当てればこちら側の勝利なのだ。例え自分の隣で冷静に成り行きを見守っている老人一人になったとしても、この老人が円に睡眠薬入りの弾丸を当てれば全てが終わる。この弾丸の良いところは例え防弾チョッキのようなものを着ていても銃弾が付着すれば直ちに睡眠薬の効果が発生する点だ。つまり衝撃は二の次であり、当てさえすれば決着がつく。
「………………」
ようやく闇に目が慣れてきた。全方位を囲む男達にも部屋の端まで見合わせる程度にはなってきた。しかし、あまりにも静かすぎる。次の一手が一体どんな手なのか全員が固唾を呑む。
(…………何故来ない?)
リーダーは考える。先ほどまでの間。目の慣れる内に攻撃するのは非常に有効な手段だったはずだ。しかし円は敢えてその手段を捨てた。何か理由があるはずだ。彼女が無意味な行動を取るということはない。この行動の中に何かしらの伏兵が潜んでいるはずなのだ。
カランカラン
何かが落ちる音。
「!?」
全員がそちらを向く。
「………………」
そこには銃を持つ天使。いや、悪魔か。遠くからも分かる不敵な笑みを浮かべる円がいる。
「!」
目の慣れた男達全員が銃口を向けた。ただ一人を除いては
(何故…………)
リーダーは円を見ながら思考の中にいた。
(何故…………全員の目をいちいち慣れさせた………………!)
リーダーは円の思考にようやく追いつく。暗闇にしておき、照明をつけたのは夜目という生理現象を訴えかける一行程。そして照明を消して暗闇に慣れさせたのは、先ほどの一行程で目を慣れさせないといけないという心理的な罠。ならば次の一手は!
「ばん」
!!!
円の声と共に閃光が男達の目に突き刺さった。
「ふむ…………」
正直、ここまでうまくいくとは思っていなかった。うめき声を上げる男達に警戒をしつつ、円は前を歩く。すでにこの部屋の照明は復旧させてある。
黒ずくめの男達は目を押さえ、涙を流しながら倒れていた。
暗闇を演出し、最後にとっておきのフラッシュグレネードで視覚を奪い取る。元々円が最後に考えていた作戦だったが、明良のお陰でより完璧な作戦に仕上がった。
「さすが婿殿…………」
自分が選んだ男だけはある。出会ってまだ八時間程度しか経ってない男を思いつつ、部屋の中央、そこにいる老人の目の前に銃を構えながら立った。
「私の勝ちのようですね。お祖父様」
「ふ、まさかこのような手とはな。まったく末恐ろしい」
祖父は目をやられてはいなかった。黒ずくめの男達が壁となり、老人まで閃光が届かなかったのだろう。
「お褒めにあずかり光栄です」
皮肉に笑う円。
「しかし…………」
老人の目が細くなる。訝しげる円。だが、その答えを知る前に円の胸に大きな衝撃が来る。
「!?」
「詰めが甘いのぉ」
微笑む老人を見ながら円はゆっくりと地面に崩れ落ちた。
「よくやった」
老人の声に反応したのか男が一人立ち上がる。
「いえ、本当にコンマの世界での勝敗でした」
黒ずくめのリーダーはそこでサングラスを外した。黒ずくめ全員はサングラスをしていない。室内であることと、老人の前で敬意を表すためだ。今回それが仇になったのだが、とっさの判断でリーダーだけは閃光が来る前にサングラスを装着して難を逃れた。もし後一秒、円の考えに思い至らなかったら周りと同じ末路を辿っただろう。
「全く、この頑固者は。これで少しは大人しくなると良いが」
「どうでしょうか?」
きっと無理であろうと内心で思いつつ、リーダーはスーツを正す。これでようやく終わりだ。長くもあり短くもあった戦いはひとまずの決着を迎えた。とりあえず帰ってビールの一杯でも飲みたい。
「あの〜」
「! 誰だ!!」
銃を向ける。その先には一目で優等生と分かるような姿をした少年がいる。
「何者だ?」
警戒を解くわけにはいかない。今、隣にいる老人を守るのは自分しかいないのだ。しかし少年は焦り慌てて両手を上げる。
「いや、すいません。撃たないでください。僕は円に無理矢理拉致されて…………」
「お嬢様に…………」
そういえば追撃隊が妙なことを言っていた。お嬢様の唇を奪った不貞の男がいると。
「なるほど、君がその少年か」
銃を下ろさず呟くリーダー。
「えーと、きっとその情報にはいくつか誤解があると思うんですが、どうして銃を下ろしてくれないんでしょうか?」
「ははは、決まってるじゃないか。とりあえず撃っておくからだ」
「何でだよ!」
「まあ、念のためだ。それとお嬢様について洗いざらい話してもらう必要があるからね」
「だから! あのキスは円が勝手に…………」
「キスぅぅぅぅぅぅ!!!!」
その言葉に反応したのはリーダーの隣にいた老人だった。
「まさか、キスとは接吻のことか? あの円の唇を…………」
「あの〜お祖父さん。なんでそんな青筋立ててらっしゃるんでしょうか?」
「許せん!! 神が許してもワシが許さん!! やれ、殺すんじゃ!!」
「ちょっと待て! 何でそんな話しになるだよ!」
「御前様。流石に殺すのは…………」
「馬鹿もん!! あやつは円の唇を奪ったと言っているのだぞ! ならば殺す意外あるまい!」
「飛躍しすぎだ! そこの祖父さん!!」
「何、安心せい。ワシの財力を持ってすれば人の一人や百人くらい行方不明にすることなど造作もない」
「おいおいおい! 洒落になってないぞ!」
「だから殺れ! 殺るんじゃ!!」
叫ぶ老人。西川財閥総帥の威厳など全くない。しかし、そこで不思議な声が聞こえた。
「それでは、お言葉に甘えよう」
声が響いた。
「何…………」
聞き返す老人の声は、ある音でかき消される…………
それは銃声。
全員がそちらを向く。そこにはこめかみを撃たれて、物の見事に吹き飛ぶ老人と、仰向けに寝ころびながら銃を向けた円の姿があった。
「ふう、一件落着だな。婿殿」
銃をデジタル化して円は膝に手をつき立ち上がる。
「…………何故?」
リーダーは目を丸くして立ち上がる円を見つめていた。
「いや、とりあえず俺の誤解を解いてくれよ。頼むから」
「それは無理だ。諦めろ。婿殿」
明良に向かいながら肩をすくめる。
「いや、無理じゃないから!」
手を振り否定する明良。
「一体、どうして…………」
リーダーには理解ができなかった。確かに自分は円に銃弾を当てた。ならば必ず昏倒しなければならないのだ。ガスマスクでも装着しているのなら話しは別だが、円にそのような装備も準備もなかったはずだ。
「婿殿のお陰だ」
円はリーダーに体を向けた。
「彼の?」
「ああ。これは、婿殿が作ったものだ」
そう言って、円は自分の服をはだけさせる。するとそこにはまるでウェットスーツのような体にぴったりとついた黒い服が見えた。
「防弾チョッキ? いや、例え衝撃を防いでも睡眠薬の効果は…………」
「確かにそうだ。だが、この服は特殊で、衝撃を与えた対象をデジタル化して無効化してしまう作用がある。つまり服型の格納器というわけだ」
「デジタル化…………馬鹿な! そんなこと出来るはずが…………」
弾丸をデジタル化する。一見簡単そうだが、ものをデジタル化するには対象を正確に読みとり、そしてデジタル化する時間が必要だ。現時点で弾丸のような高速で飛来する物をデジタル化するには重さ1tくらいの巨大な格納器が必要なはずだ。それをこれほどまでに小型化するなど、夢物語に近い。
「しかし、現に私はこれを装備して、お前の弾丸をデジタル化した。それは事実だ。それにこの屋敷のセキュリティシステムにハッキングして照明を自在に動かしたのも婿殿の力だ」
「信じられない…………」
リーダーはその服を作った少年を見る。
「いや、まあ趣味みたいなもので…………」
謙遜なのか恥ずかしがっているのか、明良は頭を掻いた。
「ふふ、謙遜することはない。これを商品化できれば我が西川に及ぶ財産を手にすることができるやもしれん。全く私はつくづく縁が良い。さて、婿殿。式は何時がいい?」
「って、何話し勝手に進めてるんだよ! 終われば帰してくれるって言っただろ! 謝礼つきでさ!!」
「ああ、帰してやろう。私という謝礼つきで」
「大いに願い下げだ!!!」
逃げる明良。
「む、逃げるか、婿殿!」
追いかける。円。
「ぐぉぉぉぉぉぉ!! 来るなぁぁぁぁぁぁ!!」
「今度は婿殿狩りか。おもしろい!」
「全然、おもしろくねぇぇ!!」
明良の絶叫は館中に響いた。
「どったん、明良ん?」
ぴょこんと、机にあごを乗せる少女。体型の全てがミニマムだが、運動量とテンションは他の誰よりも大きい女、麻績天香(おみてんか)だ。
明良はぐったりと机に突っ伏していた。普段の彼ならこんなホームルームの前の時間でも教科書を広げて勉学に勤しんでいるのだが、今日はだいぶお疲れのようだ。
「…………いや、夜中中ずっと逃げ回ってた…………」
「へぇ、おもしろそうなこと、やってたんねん。明良ん」
「全然、おもしろくねぇ…………」
あの後、本気で追い回す円に文字通り必死に逃げて何とか逃げ切ったのが午前四時。そんなわけで今、明良は全く寝ていなかった。
「明良んがそんな状態じゃ、今日は雪かなん?」
そう茶化しながら天香は顔を上げる。
「おーし、お前らぁ。席につけぇ」
戸が開くと担任が現れる。がやがやと騒いでいたクラス中の生徒が席に着いた。
「えー、ホームルームの前に今日はあまりにも突然だが、転校生を紹介する」
全員がざわめき出す。本当に突然お話だ。このクラスの情報屋ですらその情報は得ていなかった。
「センセー。転校生の性別はん?」
さっそく天香が手を挙げ質問する。
「女子生徒だ。喜べ男子。相手はかなりの美少女だぞ」
『おおおおおおおおおおおおお!』
地鳴りのようなうめきが教室中に響き渡る。そしてそれを冷ややかに見る女生徒達。ちなみにその地鳴りに明良は参加していなかった。疲れでそれどころではないというのが理由だが。
「まあ、一人を除いて全員が涙すると思うが、とにかく入ってこい」
そう告げると、一人の少女が教室に入ってきた。教室が揺れんばかりに騒ぎ出す。今度は男子だけではなく、女子もだ。
「ほへぇ〜ん」
天香などは口をあけて驚いている。
「…………ん」
さすがにこれほど騒がしいと明良も転校生とやらを見ないわけにはいかない。もぞもぞと顔をゆっくり正面の黒板に向ける。
「………………え?」
そこにいたのは少しウェーブのかかった髪をした少女。切れ目の瞳にシャープな顔立ち。美人と言える容姿だ。ただ人によっては少し厳しそうなイメージを与えてしまうかも知れない。現に明良はそう感じている。そんな少女は自分と同じ学校の制服を着ていた。
「約五時間ぶりだな。婿殿」
「な…………な…………な…………」
指を指す。黒板には
「今日からこの学舎で苦楽を共にすることになった西川円だ。何分、世間を知らぬ箱入り娘。どうか宜しく頼む。特に婿殿」
そう言って笑った。本当に楽しそうな、何処か含みのある笑い。
クラス全員が明良を注視した。明良は震えて
「何でだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
誰よりも大きな絶叫。しかし、その叫びも他の生徒の質問と怒号と悲鳴によってかき消される。慌ただしい朝がどうやら始まるようだった。
「……私の望み。それは普通の学校に通うこと。それだけだ」
パニックキスパニック 完