剣と魔法使い
〜ブラッドセイバー〜

 
 大戦終結から五年。絶対王政のお陰で復興の進行はめざましい物だった。しかし早すぎる復興はいくつもの歪みを生み出す。大戦での英雄は野にくだり、その力を己の私欲に使い、賢いものは弱いものを採取することだけを考える。そんな時代を迎えていた。そんな中、ある一つの物語が大陸に流れ始める。それは一人の魔法使いが悪者をこらしめる冒険活劇。誰もがそれを物語としか思っていなかった。だが、それでも人々の心の奥底ではどこか期待するものがあった。この物語が事実であると。これはそんな世界で旅をするある魔法使いの物語。
 
「師匠〜お腹空きました〜」
 
 一人の少女が音を上げる。ふらふらとした足つきで、先を歩く男のマントを掴んでいる。
 
「我慢してください、ユニさん。私なんて三日間水だけなんですから」
 
 マントの男は大きな三角帽子のつばを持ち、それを持ち上げて後ろの少女に視線を送った。少女はぼろぼろのローブで体全体を包んでおり、その姿を見ることは出来ない。だが、一つ分かるとすれば非常に小柄であると言うことだろう。
 
「師匠〜人はやっぱり水だけでは生きて行けませんよ〜。あと八割くらいカビの生えたパンでも生きられません〜」
 
 少女が見上げるその先にいる青年は、少女とは逆に非常に長身だ。お互いが両極にあるので、余計にその姿が際だって感じられる。
 
「あれは非道かったですねぇ。カビの生えていないような場所でもしっかりと毒素はありましたし…………」
 
「やっぱりパンはカビのないものがいいです」
 
「まあ、もう少ししたら町ですから何か食べましょう」
 
「師匠。僕たちお金がありませんよ」
 
「まあ、何とかなります。なければ…………」
 
 青年の言葉が止まる。
 
「神様にでも祈りましょう」
 
 そう言って微笑んだ。
 
 
「それじゃあ、行ってくるね父さん」
 
「おお。神父様によろしくな」
 
 父親に見送られ、アミは大きなかごを手に持って自分の家でもあるパン屋を出て行った。アミはパン屋のひいてはこの商店街の看板娘だ。まるで野菊のようなありふれた美しさに飾らずに元気な彼女の姿は、万人が見ても元気を与えてくれるような気がして心地がよい。しかし彼女にその自覚はなく、今日も元気に日課である教会へと向かう。
 
 教会へパンを送り届けるのは彼女の仕事だ。信心深い父は毎日できたてのパンをほとんど無償で教会へ届けている。教会には大戦によって身よりのいなくなった子供達が何人もおり、食べ物は常に必要なのだ。しかし、教会では本山から届けられる定期収入以外にはお布施による収入しか得ることが出来ない。そのため常に資金には頭を悩まされているのだが、アミの父や他の商店街の好意によってどうにか生計を立てている状態だった。
 
 道行く人に挨拶を繰り返しながら、アミは煉瓦造りの道を早足で歩く。商店街はいつもながら盛況だ。野菜や果物のたたき売りをして声を枯らす親父やは赤い蜂蜜のような鉄を型に流し込んでいる製鉄屋など、実に混沌としている。しかし誰もがその顔に悲痛の者はなく、活気に満ちている。大戦の中でもこれほどの復旧を見せた街はないだろう。これはアミのちょっとした自慢だった。
 
 そんな中でアミは普段とは雰囲気が違う店があるのに気づいた。それは武具店なのだが、普段外に出て売り込みをしているはずの店主が何故か外に出てはいないのだ。それを不思議に思ったアミは立ち止まり、武具店に入っていった。
 
 平和な時代が到来したとはいえ、それでも野党やならずものの対策に武器は必要だ。しかし、大抵の場合は大戦で使用された武器を中古で買うのが一般的だが。
 
「こんにちわ、ムーアさん」
 
「ああ、こんにちわ。アミちゃん。今日も教会かい?」
 
「はい。それより、どうしたんですか? 今日は外で売り込みしてないみたいですけど」
 
「ああ。実はね、面白いものを売ってくれた人物がいてね」
 
「面白いもの?」
 
「まあ、アミちゃんに見せても分からないだろうけど…………」
 
 そう言って店主は目の前に置かれた一本の剣をアミに見せた。
 
「これが面白いものですか?」
 
「ああ、ちょっと見じゃあ分からないけど、この柄の部分を見てごらん」
 
「…………」
 
 柄と言われてもアミには分からないのだが、店主が指を指してくれたので、それに従いアミは柄の真ん中にある模様を見つめた。そこには小さく鳥の模様が描かれている。
 
「その紋章は大戦で滅んだ騎士家の家紋なんだ」
 
「滅んだ?」
 
「ああ、大戦では大層な武勲を立てたが終戦間近に全ての一族がね。この剣はその一族のみが使用していた剣だ。門外不出で一族が滅んだ後に一族の墓と共に埋葬したと言われている…………」
 
「じゃあ、どうしてこんなところに?」
 
「さあてね。戦場で使用されて放棄された剣を偶然拾ったか。とにかくこいつを売った本人に詳しく聞かないと分からないだろうね」
 
「その売った人って?」
 
「どうもすぐに金が欲しかったらしくて鑑定もそこそこに金を渡したら直ぐ出て行ってしまった。これだけ貴重な剣だ。もうちょっと金を渡しておくべきだったよ。そうだ、アミちゃん。もしかしたらまだ近くにいるかもしれない。もし見つけたらウチに来るように言ってきてくれないか?」
 
「良いですけど、どんな人なんですか?」
 
「一目見れば分かるよ。黒いマントに三角帽子を被った男だ」
 
「黒いマントに三角帽子…………まるで、魔法使いみたいですね」  
 
「そうだな。そんな感じだ」
 
 店主はまさにその通りといった感じで頷く。
 
「はい。じゃあそんな人を見かけたら呼びかけておきます」
 
「ああ。頼んだよ」
 
 アミは最後に手を振って武器屋の店主と別れた。
 
 
 教会は街の外れにあるので、人通りが少ない。その分静かで商店街とは別の時間が流れているようでとても穏やかだ。アミはこの雰囲気が好きだ。もちろん商店街の活気溢れる雰囲気も好きだが、時折こんな静かな雰囲気に憧れる。
 
 
『ああ! 話しを聞いてんのかよ! お前!』
 
 
「!?」
 
 そんな静かな雰囲気を一瞬で打ち破るような叫び声が当たりに響く。アミは直ぐに教会へと歩みを早めた。
 
 
「止めないか。すみませんね、下の者は教育がなってなくて」
 
 四五人の男に囲まれ、小太りの男が前に出る。その先には神父とその下で働くシスターが一人、震えながら神父に寄り添っていた。
 
「神父さん。別に私はあなた方を追い出すつもりはないんだ。ただこの場所を譲って欲しいと言っているんですよ。そのためにあなた方には十分な費用を渡すし、なんなら新しい教会を建てても良い。どうか頷いてくれませんかね?」
 
 中年の男はそう言って微笑む。だが、その笑みはどこか歪んだ笑みだった。表面上だけの笑みでまるで仮面のような笑み。
 
 その笑みに気づいているのか神父の顔は固いままだ。髪は白髪で彫りの深い皺が深い年齢を感じさせる。
 
「申し訳ないが。私やそして先代、先々代から続くこの教会をあなた方にお渡しする気はございません。そのお話はすでに決着がついているはずです」
 
「舐めたこと言ってんじゃねえぞ! 爺ぃい!!」
 
 横にいた男が今にも飛びかかりそうになるが、中年の男がそれを片手で制した。
 
「どうしてもこの教会を立ち退かないと?」
 
 笑みは深まる。だがそれは仮面の奥にある本当の顔と融合していくようで実に」不気味だった。
 
「はい」
 
 神父は頷く。
 
「そうですか。実に残念だ。こうして話し合いで解決出来ればと私は苦心したのですが…………」
 
 先ほどから気の立っていた男が、我慢ならないと言った感じで近くにあった座席を蹴り飛ばす。木で出来た椅子は男の力に負け、非道い音と共に砕け散った。
 
「ヒッ!」
 
 神父の隣のシスターは思わず目を背ける。
 
「残念ですよ。神父さん。実に、実に残念だ」
 
 そう言って、中年の男は残酷な笑みを浮かべていた。
 
 
(どうしよう…………)
 
 入り口の物陰から見ていたアミはこの事態に一体どのような対処をするべきか思い悩んでいた。ここはやはり商店街まで走り、手助けを頼むのが一番だ。だが、それには少々時間がかかる。その間に事態は最悪の方向に進んでいってしまうかも知れない。かと言って自分が出て行ってもどうすることもできない。
 
(どうすれば…………)
 
 目を瞑り、真剣に思い悩む。どうすればいいのか。どうすれば最善なのか。
 
「…………おや、取り込み中でしたか?」
 
 そんな思い悩む自分の後ろで、場違いなほど落ち着いた声が聞こえた。
 
 
「なんだ手前は?」
 
 いかにもチンピラと言った雰囲気の男二人が青年へと近づいてくる。青年は実におかしな格好をしていた。全身黒ずくめ。それだけならまだしも大きな三角帽子をかぶり、その上黒いマントまで着ている。さながら御伽噺に出てくるような魔法使いの格好だ。しかしその出で立ちでありながら、青年は長身でよく見ればしっかりとした体格をしている。ブルーアイにブラックヘアー。その服を脱げば女性を虜に出来るほどの優男だ。
 
「え、私ですか? 私は旅をしているライト=セイバーと申します。しかし、あなた方、教会に来るにしてはずいぶんな態度ですね」
 
「お前に言われたくねぇよ。なんだその格好は。巫山戯てんのか?」
 
 男はライトと名乗った青年を下から上までじっくりと見つめると鋭い眼光で睨みつける。一方のライトはそんな瞳に晒されながらも意に介した様子もなく、のほほんとしているままだ。
 
「巫山戯てなどいませんよ。いささか私には不釣り合いなものであることは認めますが」
 
「師匠〜。この人たち明らかに悪者ですよ。やっつけちゃいましょうよ」
 
 と、そこにもう一人の闖入者が現れる。いや、元からそこにいたのだろうが、長身のライトがあまりにも目立つので、そちらには目がいっていなかったというのが本当のところだろう。ライトの足下にいるのは少女だった。小柄で長身のライトの隣にいると余計小さく見える少女。美しい金色の髪にグリーンアイ。後十年もすれば絶世の美女へ変貌するであろう期待が見え隠れするそんな少女だ。しかし今はまださなぎの状態であり、美しさよりも可愛らしさしか見えない。
 
 ライトはそっと少女の方へ視線を向ける。
 
「ユニさん。人を見た目で判断しては駄目ですよ。それに言葉遣いが悪くてもいい人はたくさんいます」
 
「でも、師匠。九割くらいは間違いないですよ」
 
「まあ、それは否定しませんが」
 
 ライトは苦笑して、男に向き直した。
 
「ここは神の家。狼藉は止めて祈りでも捧げてみてはいかがですか? あなたのような人が改心すれば神様もそれはお喜びになると思いますが」
 
「なめんじゃねぇ!!」
 
 我慢しきれなくなった男は拳を握り、ライトの顔面に向けてパンチを放つ。その場にいる二人以外の者はライトが吹き飛ぶことを想像した。しかし、ライトはぱっとマントを翻すと刹那、
 
「!」
 
 
 !!
 
 
 男が吹き飛んだ。
 
「!?」
 
 その場にいた二人以外全員が目を見開き、ライトを見つめた。ライトの後方に吹き飛んだ男はそのままうつぶせに倒れ、動かない。一体何をしたのか。誰もそれを理解することが出来なかった。
 
「おもしろい…………」
 
 中年の男に最も近い位置にいた男が、ゆっくりとライトの方へ向かってくる。先ほどの吹き飛ばされた男とは違い、威風堂々とした男だ。明らかに男の中では異質な気を放っている。
 
「見たところ、かなりの実力者のようだが。先ほどの技……よもや魔法ではあるまいな?」
 
「まさか。それに、どうやらあなたもかなり出来るようですね」
 
 口調こそ先ほどと変わっていないが、明らかにライトの雰囲気も変化する。
 
「………………」
 
「………………」
 
 お互い何も語らず、無言のつばぜり合いが続く。だが、それはわずかな時間だった。ふと、男は笑みを浮かべると後ろを振り返った。
 
「帰りましょう。ムギ様」
 
「な! どういう事です!」
 
 中年の男は怒りと驚きを混ぜ合わせた表情で男に対して叫ぶ。
 
「今の私の装備では目の前の男を斬ることはできない。そう判断したからです」
 
「馬鹿な! お前ほどの男が!」
 
「それとも、仕掛けますか? 良くて相打ち。これが限界でしょう」
 
「………………」
 
 中年の男は顔を赤くしながらも、黙考し、やがて振り返り、神父を見た。
 
「私は諦めませんよ。この土地を手にするまでは!」
 
 そう言って中年の男は歩き出す。それに従い男達も中年の男に従った。全員が教会から出て行き、残ったのはライトの前に立った男のみになった。
 
「そう言えばまだ名乗っていなかったな」
 
 男はライトの方に再び振り向く。
 
「ガイン=ストロンガー。次に会うときは是非本気で戦いたい」
 
 獰猛な笑みを浮かべ、ガインと名乗った男は教会から出て行った。
 
 
「助かりました。旅の方…………」
 
 しばらくして、男達の残した殺伐とした空気が抜けきった頃、ようやく神父がシスターを宥めライトの元へと近づいてきた。
 
「いえ、ただ降りかかった火の粉を払ったまでですから」
 
 三角帽子を脱ぎ、胸元へと持っていく。
 
「お初にお目にかかります。ライト=セイバー。故あって旅を続ける者で御座います。どうか、神の慈悲と恵をいくばくか…………」
 
 目を瞑り、神父に跪く。神父はその姿を見て、同様に目を瞑った。
 
「ライト=セイバー。そなたに、神のご慈悲と恵があらんことを…………」
 
 そして静かに十字を切る。初めての教会に入るために行う簡易儀式。そのやりとりだ。
 
「ありがとうございます。神父様。さ、ユニさんも」
 
「はーい」
 
 呼ばれた少女は跪き、両手を握り合わせ祈りを捧げる格好を取る。
 
「神父様。ユニ=パーフェクトブラッド。師匠と共に旅をしています。どうか、入れてください」
 
「ユニ=パーフェクトブラッド。そなたに、神のご慈悲と恵むがあらんことを…………」
 
 同様にユニに対しても十字を切る。
 
「さあ、これであなた方二人はこの教会の客人となりました。ろくなおもてなしも出来ませんが、どうかお入りください」
 
「ありがとうございます。それと、そちらの方は…………」
 
 ライトが視線を向ける。神父は直ぐ横に二人とは別の人間がいることに気づいた。
 
「おや、アミさんではありませんか。どうしてこんなところに?」
 
「神父様。ごめんなさい。私…………」
 
 ようやく硬直から抜けることが出来たアミは神父様に駆け寄る。
 
「…………気に病むことはありませんよ。それより悪かったですね。怖い思いをさせてしまったようです」
 
「いえ! そんな…………私は見ていることしかできなくて…………」
 
 アミは申し訳なさそうに顔を隠す。自分は何も出来なかった。もし、この二人が来ていなかったら大変なことになっただろう。しかし、神父は咎めるでも非難するでもなく、微笑む。
 
「アミさん。人はそれほど強くはありません。アミさんが恥じることは何一つありません。それよりも今日もパンを?」
 
「はい」
 
 そう言って、手に持ったかごを神父に差し出した。
 
「私にとってアミさんから渡されるパンとそして笑顔は何よりも得難い日々の糧です。それを忘れないでください」
 
「…………はい。ありがとうございます」
 
 アミは神父に励まされ、ぎこちない笑みではあったが、微笑むことが出来た。その笑みを見て神父は笑う。そして、次に二人へと向き直った。
 
「旅の方。どうでしょう。お茶と美味しいパンがあります。お礼になるとは思えませんが是非ごちそうさせていただけませんか?」
 
「え! 本当!? 師匠! 一週間ぶりにカビの生えてないパンが食べられますよ!」
 
 目をキラキラさせてユニは飛び跳ねる。
 
「こらこら。ユニさん。はしたないですよ。こういうときは一度断り、再度お誘いを受けた上で承知するのが礼儀です」
 
「え〜、それで相手が引いたらどうするんですか。師匠」
 
「その時はしょうがありません」
 
「僕は反対。食べれるときに食べたいです」
 
「ふぅ、食事のことになると本当に意地汚いですね。ユニさんは。それにユニさんは女の子なのですから『僕』ではなく、『私』ですよ」
 
「は〜い」
 
 明らかに適当な返事だ。それを困り顔で見つめ、神父へと顔を移した。
 
「申し訳ありません。礼儀をわきまえずに」
 
「いえいえ、子供に礼儀を教えるのは難しいもの。それよりどうぞ、お入りください。アミさん。あなたもどうぞお入りください」
 
「私もですか?」
 
「ええ」
 
「…………」
 
 ちらりとアミはライトを見てみる。
 
「…………どうも」
 
 ライトは柔らかい笑みを浮かべながら会釈する。その姿に思わず見とれ、だが直ぐに正気に戻る。
 
「あ! はい! こんにちわ!」
 
 慌ててお辞儀する。ライトのような美形に笑顔を向けられ、思わず顔が赤くなってしまった。
 
「ライト=サイバーと申します。お嬢さんは?」
 
「あ、私、アミ=クロワです」
 
 どうも緊張してしまっていつもの自分らしくなかった。
 
「よろしくお願いします。ユニさん。あなたもご挨拶を」
 
「はーい。ユニ=パーフェクトブラッドです。よろしくね」
 
 満面の笑みを浮かべてユニはお辞儀する。そのあまりの愛らしさにアミは微笑む。
 
「よろしく。ユニちゃん」
 
 お互い笑いあう。それだけでアミは心が通じ合ったような気がした。
 
「それでは、ご案内します」
 
 神父は挨拶を終えた三人を待って、声をかける。
 
「お邪魔させていただきます。神父様」
 
「お邪魔しまーす」
 
「お邪魔します」
 
 そして、神父様の後を追って、三人はようやく教会の中へ入っていった。
 
 
「ほお、東方から」
 
 お茶をすすりながら神父はライトの話しに聞き入っていた。
 
「しかし、大戦は終結しましたが、国はまだ安定していない時期。それなのに何故旅を?」
 
 そう言うとライトは苦笑した。
 
「すみません。それをお話しすることはできません」
 
「そうですか。しかし、旅をしなければならない理由があるというわけですね」
 
「はい」
 
「ならば、私に止める理由はありませんね。あなた方の旅が幸いであるよう願っております」
 
「ありがとうございます」
 
「師匠〜! このパン凄い美味しいですよ〜!」
 
 そんな二人の会話を尻目にユニはアミが持ってきたパンを頬張っていた。
 
「ユニさん。それは本来神父様が食べるものだったものですよ。もっと大切に食べてください」
 
 溜息をつき顔を歪ませる。
 
「ハハ、ユニちゃん。パン美味しい?」
 
「うん。僕、こんな美味しいパン初めて食べたよ」
 
 ユニは瞳を輝かせている。これで口元にパンくずがなければ天使に見えたことだろう。
「ほら、もっとお行儀良く食べなきゃ」
 
 アミはパンくずを苦笑しながらとってやる。
 
「ありがとう、アミちゃん」
 
 どうやらすでに二人はうち解けているようで、お互い笑いあっている。
 
「はぁ。すみませんアミさん。ユニさんが迷惑をかけて」
 
「とんでもないです。ユニちゃんはお友達ですから」
 
「うん、僕たちお友達〜」
 
 そんな二人を見て、わずかにライトは微笑んだ。
 
「そうですか。良かったですねユニさん。お友達が出来て」
 
「うん!」
 
「そうだ。ライトさん」
 
 ユニの口元を綺麗にしてやると今度はライトへとむき直す。
 
「なんでしょう?」
 
「ライトさんって魔法使いなんですか?」
 
「魔法使い…………ああ、あの格好のせいですか」
 
 ライトは苦笑し、今はハンガーにかけられた三角帽子とマントを見つめる。
 
「残念ながら私は魔法使いではありません。昔は魔法使いに憧れてはいましたが」
 
 
 魔法使い。
 
 それは、この大陸では非常に特別な存在だ。元々は伝説や昔話に登場する存在で、たった一人で国一つと戦うことが出来たと言われている。彼らは山を砕き、海を割き、空を駆けた。伝説と史実が入り乱れ本当のことは分からないが、少なくともその伝説の存在が王都に組して大戦を終結に導いたのは事実なのである。
 
 
「あれは、私の師匠のものだったんですよ」
 
「師匠さんですか」
 
「はい。師匠は本当の魔法使いでした。それこそ物語に出てくるような凄まじい力を持った。ただ、その師事を賜る前に私の前から姿を消してしまいました」  
 
 昔を語るライトの顔にはどこかほろ苦い色が見えた。
 
「そうなんですか」
 
「ええ」
 
「でも、師匠は師匠で凄い強いだよ、アミちゃん」
 
「うん、そうだね」
 
 男のパンチを避けて逆に吹き飛ばした技。一体どうやったのかは分からないが、その強さは本物だ。
 
「いえ、私の強さなど、師匠に比べれば大したことはありませんよ」
 
 そう言って謙遜する。
 
「ライトさん。そう言えば今日の宿はお決めになりましたか?」
 
 話題が切れたところで、神父はライトに話しかけた。
 
「いえ、まずは教会へと思ったもので宿はまだ…………」
 
「ならば、今日はここに泊まりませんか?」 
 
「いえ、さすがにそこまでは…………」
 
「え! 良いんですか! 神父様!」
 
 遠慮がちのライト比べ、身を乗り出したのはユニだ。そんな遠慮のないユニに対して笑みを深める神父様。
 
「ええ。ユニさんと同年代の子もいますから。後で紹介しましょう」
 
「わーい! 師匠、良かったですね!」
 
「…………全く。これでは断ってしまった方が失礼になってしましますね。申し訳ありません。それでは一晩、お世話になります」
 
「ええ。それでは今から寝床の準備をしましょう」
 
「ユニちゃん。私の家にまだいっぱいパンがあるから見てみる?」
 
「ホント! 行く! 行く!」
 
「ころこら、ユニさん。アミさんはパンを作って商売をしているんです。それを勝手に食べてはいけませんよ」
 
「分かってますよ〜。それじゃあ、行こうアミちゃん」
 
「うん。それじゃあ神父さん。また明日」
 
「はい。今日もありがとうございました」
 
 二人は手を繋ぎながら出て行った。
 
 
「はぁ、ユニさんには困ったものですねぇ」
 
「子供はあのくらいが丁度良いのでしょう」
 
 それを見送った後、二人の顔つきが変わった。
 
「………………」
 
「………………」
 
「あなたが噂の?」
 
 柔和だった神父の顔が厳しくなる。
 
「はい。微力ながらつたない技を活かした仕事をしております」
 
「では、お任せしてもよろしいでしょうか?」
 
「…………神父様。この土地には一体なにがあるのですか?」
 
「何とは?」
 
「情報提供者でも得られなかった情報。それが理由です。その理由を取り除かない限り、こんなことは何度でも起こりえることです」
 
「………………」
 
 神父の顔は苦悶に歪む。
 
「教会の意向ならば仕方がありませんが。神父様は身よりのない子供を育てている立派な方です。しかし、そんな子供を危険にさらすのは間違っているのではないでしょうか?」
 
「………………」
 
 神父はそれを聞いて、席を立つ。
 
「…………確かに。禍根を残す訳にはいかないのでしょうね………………」
 
 席を離れ、窓を見る。そこには神父が引き取った子供達が遊んでいる姿があった。
 
「…………お話ししましょう。何故、この教会が狙われているか」
 
 
「じゃあ、ユニちゃんはご両親の顔を知らないんだ…………」
 
 人通りのない道を二人は隣り合って歩いていた。
 
「うん。物心ついたときから師匠と旅をしてるんだ。僕にとっては師匠がお父さん」
 
 笑顔でそう話すユニだが、アミはどう答えたら良いのか分からなかった。母は大戦中に亡くなったがそれはもう過去の話だ。自分には父もいるし、なにより商店街のみんながいる。
 
「大丈夫だよ。僕は寂しくないから」
 
 はっとする。見ればユニは笑顔でこちらを見ていた。その笑顔で自分の考えが杞憂であることが分かった。
 
 思わずアミは苦笑する。
 
「凄いね、ユニちゃん。私より大人みたい」
 
「そんなことないよ〜」
 
 ユニははにかむように笑う。その笑みが年相応の笑みだ。大人と子供が混ぜ合った不思議な子だなとアミは思う。
 
「おや、奇遇ですなお嬢さん方」
 
『!?』
 
 その声に二人は立ち止まる。正面に、あの中年の男が立っていた。
 
「あなた達!」
 
 ざっと、足音が後ろから聞こえる。後ろを見ると男が二人、道を阻むかのように立っていた。動こうとしたアミは直ぐに立ち止まる。
 
「どうです? 私とお茶でも。甘いお菓子もありますから」
 
「……お断りします。私たち急いでますから。行こう、ユニちゃん」
 
 ユニの手を握り、中年の男を追い抜こうとするが、横に立っていたチンピラ風情の男がその進路を阻んだ。
 
「どいてください」
 
「煩い!」
 
 強い衝撃がアミの頬を襲った。
 
「キャ!」
 
 その勢いに負けて、アミはその場に倒れる。
 
「アミちゃん! この! 悪者!」
 
 ユニはその男に襲いかかろうとするが、上背がないためまるで歯が立たない。そして自身のローブを掴まれ、宙に浮いてしまった。
 
「この! この! この!」
 
 しかし、ユニは諦めず手足をばたつかせるが、結果は同じだった。
 
「こいつらどうします?」
 
 ユニを掴んでいる男は中年の男を見る。
 
「丁重におもてなしして差し上げましょう。荒縄とさるぐつわでね」
 
 中年の男は愉悦の笑みを浮かべた。その笑みは非道く歪んだ邪悪な笑みにアミの目には映った。
 
 
「なるほど。これを、こうやって…………こうすれば」
 
 まるでパズルのような小さなパネルを難なく動かし、ライトはパネルを正しく並べ、その絵を完成させた。すると絵は十字に切れ込みが入り、そのまま広がっていく。最後には小さな空洞の扉としてその役目を終えた。その空洞の中には赤い宝玉が鎮座している。
 
「先代も開けることが出来なかった扉を…………さすがですな」
 
「いえ、これも私の師匠のお陰ですよ。さてと…………」
 
 宝玉を丁寧に持つとゆっくりとそれを神父の元へと持っていく。
 
「これが……『賢者の石』ですか」
 
「はい。これだけの大きさならこの教会くらいの大きさの金を錬成できるでしょうね」
 
「それほどの金が…………確かにあの男が欲しがるはずです」
 
「彼、ムギと言いましたか。彼はこの場所にこの『賢者の石』があることを掴み、そしてこの教会を奪おうとしたのですね」
 
「ええ。この教会はこの宝玉を護るために代々続いてきた教会です。しかし、大戦の最中この宝玉をどうやって手にするかは失われてしまった。先代の神父様はなんとしてもその方法を見つけるため失われた伝承をつぶさに検証していきました。その時にあの男の目に止まったのでしょう」
 
「なるほど。そういうことですか。教会の本山へは連絡したのですか? そうすれば保護を受けることはできたのでは?」
 
「駄目です。本山は未だに大戦の渦中にいます。その混乱の中で偶然にもこの教会の存在意義を忘れられ、『何故かなければならない』という状態にあります。そのため本山から定期的に資金を得ることが出来るのです。もし宝玉があるということを知れば、本山は直ぐにでもこの教会を潰し、宝玉を手に入れようとするでしょう。私は出来る限り今の状態を保たなければならなかったのです」
 
「なるほど…………」
 
 確かに混乱中の本山に取ってはこの宝玉は百害あって一利なしだろう。残念なことにどんなに素晴らしい偉人も時として金に目がくらむことは十分にあり得ることだ。その目のくらんだ偉人達は目先の欲に本来救わなければならない弱い者達を蔑ろにしてしまう話しなど、今の世にはいくらでもある。
 
「わかりました。これは私がうまく活用させていただきます。この教会にはこの宝玉に見合った資金をうまく提供できるよういたしましょう」
 
「ありがとうございます。これでようやくこの教会の役目を果たすことが出来る」
 
「そうですね」
 
 安堵する神父にライトは微笑みかけた。この神父はあらゆる苦労を厭わず、人々に尽くしてきたのだろう。本山を騙し、子供達を育て、悪漢達から教会を守り続けた。自分にはとてもできないことだろう。ライトは素直に神父に尊敬の念を抱いた。
 
「大変です! 神父様!」
 
 神父とライトは先ほどの表情を忘れ、声のした方を振り向く。するとそこには息を切らせたシスターが汗だくでしゃがみ込んでいる。
 
「どうしました!」
 
 尋常ではない事態に急いで神父は駆け寄るとシスターはまだ声が出せず、替わりに手に持っていた一枚の紙切れを神父に差し出した。それを見てしばらくすると神父の顔が驚愕へと変化した。
 
「なんということだ!」
 
「神父様。その紙にはなんと?」
 
「アミさんとユニさんが…………誘拐されました」
 
「!?」
 
「返して欲しければ宝玉を渡せと言ってきている」
 
 呆然と神父は紙をライトに渡した。それを受け取り、ライトは紙に書かれた内容を確認する。紙に書かれていたことは神父が言っていたことと同様だ。
 
「シスター。これはどこで?」
 
 ライトはしゃがみ込み、シスターの目を見る。
 
「商店街に行く道に…………アミさんのバスケットの中にありました…………」
 
「…………」
 
 ライトは立ち上がる。
 
「ライトさん…………」
 
 神父はライトを見た。そして、思わず身震いする。温厚であろうと思っていた青年はわずかながら怒りの表情を浮かべていたのだ。わずかだけだというのに自分は殺されるのではと危惧するほど、彼の怒りはまさに逆鱗そのものだった。
 
「おっと、失礼しました」
 
 怒りの表情はすぐに穏やかな表情へと変化する。神父にとってはまるで呪縛を解かれたような思いだった。
 
「神父様。本来なら日を改めて決着をつけようとは思いましたが、どうやらその必要は無いようですね」
 
「待ってください。しかし、人質を取られては…………」
 
「安心してください。偶然とはいえ、ユニさんもいます。最悪の結果はありえません」
 
「? どういうことです?」
 
 ユニとはあの可愛らしい少女であるはずだ。しかし年端もいかぬ彼女が一体何が出来るというのだろう。しかしライトは微笑む。
 
「大丈夫です。条件次第ではユニさんは僕より強くなりますから。では、私は敵のアジトへ行くとします。アミさんのご両親には遅くなると伝えておいてください」
 
 黒いマントを翻し、三角帽子を被る。そして黒衣の魔法使いはその瞳にわずかながらの怒りを携え、教会を出て行った。
 
「どうか…………二人と、そして彼をお救いください。神様…………」
 
 十字を切ると神父は神に祈りを捧げた。
 
 
 ムギは商人である。ただし扱うものは合法、非合法を一切問わない。彼には拠点がいくつもあり、現在ではこの街をねぐらにしているが、数ヶ月もすれば住む場所は変わるだろう。そのため寝床はホテルの一階一つを貸し切るなど豪勢な使い方をする。それにムギには仕事仲間も多いのだ。その場にいる街のチンピラを雇うこともあるが、大抵は自分に寄り添うことで甘い汁を吸おうとする男達を利用する。
 
「納得できませんね」
 
 そして、その男達とは一線を画した男、ガイン=ストロンガーは珍しく主であるムギに抗議した。しかし、そんな抗議も心地よいのか、ムギは笑みを携えたまま今宵の美酒に酔っていた。
 
「確かに、私としてはスマートな方法ではなかった。それは認めましょう。しかし、ガイン。これ以上時間を割けないのも事実なのですよ。それを分かって頂けますか?」
 
「………………」
 
 ガインは無表情のまま、椅子から立ち上がる。
 
「どこへ行きます?」
 
「人質の所へ。不貞の柔らに任せてはおけませんので」
 
 一礼するとガインは部屋を出て行った。
 
「ったく、キザな野郎だぜ。ムギ様。なんであんな融通の利かない男を連れて歩いてるんですか?」
 
 憎たらしくガインを見つめていた男がムギを見る。
 
「フフ、あいつはあれで王立騎士団で準騎士にまで上り詰めた男。その辺の腕の立つものなど、アレにかかればただの木片に変わりない」
 
「準騎士!」
 
 男は飛び上がりかねないほどの突き抜けた叫び声を上げた。
 
 
 王立騎士団の準騎士。本来騎士は貴族の血を持たねばなることが許されないが、貴族の血無くしても腕が立つ者であれば騎士に似通った称号を得ることが出来る。それが準騎士の称号だ。しかし、準騎士になるにはそれこそ地獄すら生ぬるい試験を突破してなることが許される称号であり、毎年行われる準騎士の試験では試験者は数千人に及ぶと言われながら、合格者はほんの数人。そして落ちた半数は死亡し、残った半数の半分は再起不能で二度と試験は受けられぬ体になると言われている。
 
 
「そして、アレに互角とまで言わせたあの巫山戯た格好の男。ラインと名乗ったか。あれをそのまま落とすのは難しい。だからこその絡め手というわけですよ」
 
 ムギは笑う。己の手段に酔いしれる。しかし、相手はその上を行くものであるとはこのとき、微塵も想像はしていなかった。
 
 
「失礼するぞ」
 
 ガインは人質が放り込まれている部屋へと入った。そこには手を荒縄で縛られたアミとユニがいた。二人はガインを見るときっと睨みつける。しかし、ガインはその目を平然と受けると前に進む。
 
「悪かったな。本来こういった手は俺が反対してさせはしないんだが、今回ばかりは俺の相談なしに起こったことだ」
 
 そう言って、ガインはあぐらをかく。
 
「煩い悪者! 直ぐに師匠がやって来てお前達なんかやっつけちゃうんだから!」
 
「師匠。なるほどお前はあの黒衣の男の弟子という訳か」
 
 豪傑という言葉が似合いそうなガインはその岩のような顔を歪ませる。それが笑みであることに気づくのに、アミはしばらくの時間を有した。
 
「そうだ。僕は師匠の弟子のユニ=パーフェクトブラッド! お前なんかこの縄さえなければ!」
 
「ハハハ、面白いガキだな。このような場所でそれほどの強がりが言えるのだから!」
 
 ついにガインは大声を上げた笑い始めた。その笑みはムギとは違い実に純真な笑みだった。
 
「…………あなたは、どうしてあんな男と一緒にいるんですか?」
 
「どういうことかな? お嬢さん」
 
 笑うことを止めて、今度は真摯な目でアミを見る。
 
「あなたは他の人と全然違います。なんだか悪いことをする人じゃないみたい」
 
「騙されちゃ駄目だよアミちゃん! 悪い人の仲間はやっぱり悪い人なんだから!」
 
「だ、そうだ」
 
 ガインは苦笑する。
 
「でも、やっぱ私はあなたが悪いことをするような人には見えません」
 
「………………」
 
 ガインはすっとアミの目を見つめた。結果、アミはガインの瞳を見つめることになる。その瞳には一点の曇りもなく、淀みもなかった。やはり悪い人には見えない。アミにはそう思えた。
 
「例え悪者でなくても、俺は立派な悪党さ」
 
 ガインは笑う。それはとてももの悲しい笑みだった。
 
「俺のことはどうでもいい。それより腹は減ってないか? なんだったら飯の一つも持ってくるが」
 
「ふ〜んだ。そう言って毒でも盛る気だろう!」
 
「やれやれ、ずいぶんと嫌われたようだな」
 
 ガインは肩をすくめる。
 
「当たり前だい! お前達悪党なんて…………!」
 
 
 ぐ〜
 
 
「………………」 
 
「………………」   
 
「………………」
 
 全員がユニの腹に注目する。
 
「ち……違うよ! これはお腹が減ったからじゃなくて! 実は僕はお腹に動物を飼ってて!」
 
「ハハハハハハハハハ!!」
 
 そんな言い訳すらふき飛ばすくらいの豪快な笑い声。ガインの声だ。
 
「何か持ってこさせよう。俺と一緒に食えば毒の心配もないだろ?」
 
 
「あんた、良い人だね」
 
 それが食後のユニの感想だ。
 
 たった一食で印象が反転するのだから、ユニはずいぶんとお手軽だ。
 
「そうかい。けど、俺は悪者の手下だぜ」
 
「うん。でもあんたは良い人だ」
 
 そう言って笑うユニ。こんな場だというのにその笑みは人を和ませてくれる。その笑みをみてガインは思わず苦笑する。
 
「さてと、それじゃあ俺はちょっと出てくるが直ぐに戻る。何か欲しいものはあるか?」
 
「僕デザートが欲しい」
 
「ユニちゃん」
 
 あれだけ食べたのにまだ食べるのか。この状況であれだけの食欲を見せるユニの剛胆さにはさすがにアミは驚いた。捕まる前に顔を殴られ、口内を切っているのでそのせいもあるのだが、さすがに食事はほとんど出来なかった。
 
「良いだろう。そう言えば…………」
 
 ガインの表情が無へと近くなる。
 
「さっき、お前さん『パーフェクトブラッド』と名乗っていたな。それは本名か?」
 
「そうだよ。師匠がつけてくれたんだ」
 
 なんだろう。どこか不思議な違和感をアミは感じた。違和感の正体は簡単で、何故彼がそのような事を訪ねたかという点だ。確かに珍しい名ではあるが、名付けることが自由であるので、それを不思議に思う必要などあるとは思えない。
 
「そうか…………。どうやら俺が思っている以上にあんたの師匠は難物なのかも知れないな」
 
 そう言って、ガインは部屋の外へと出て行った。
 
 
「あ、ガインさん」
 
 廊下を歩いているとなにやら騒がしい。その内の一人の男が足を止めた。
 
「どうした?」
 
「それが、どうやら討ち入りみたいなんです」
 
「討ち入り?」
 
 直ぐにガインはあの黒衣の男、ライトを思い浮かべる。
 
「で、状況は?」
 
「いえそれが…………」
 
 男は一度言葉を句切り。
 
「わざわざそいつ。自分から捕まりに来たんですよ」
 
 
「あ、どうもガインさん」
 
「………………」
 
 その男は今自分の状況を分かっているのだろうか?
 
 体中を荒縄で縛られ身動きの取れない状況。だというのに朗らかに微笑みながら自分を見ている。
 
「一体なんのつもりだ?」
 
「なんのつもりだとは?」
 
「何故わざわざ捕まりに来たんだ?」
 
「いや、結果的に捕まってしまいましたが、私は元より交渉をしようとやってきたんですよ。そしたら有無を言わさずこのような事態に」
 
「………………」
 
 ガインは人を見定めることに長けている。しかし、このときばかりは自分の目が狂ってしまったのかと疑ってしまった。
 
 ガインを含み、今いるメンバー全てがここに集まっている。こんな状況で事態を好転させるなど、それこそ魔法を使わない限り不可能だろう。
 
「おやおや、すみませんね。内の連中が荒っぽい招待をしてしまって」
 
 一番遅れて部屋から現れたムギはお決まりの薄皮一枚の笑みを浮かべている。
 
「まったくです。できればこれを解いて欲しいのですが…………」
 
「申し訳ない。私はあなたをかなり高く評価している。このままで交渉を続けさせてもらいますよ」
 
「まったく。過大評価ですね。丸腰の男をこんな風に縛るなんて。二人もこんな扱いじゃないでしょうね?」
 
「まさか。彼女たちにはこのホテルの料理をいただいてもらいましたよ。ガインと一緒にね」
 
「………………」
 
 ガインは無言。すぐにムギの隣に立った。
 
「さて、わざわざ交渉に来たというのだから神父様から事情は聞いているでしょう。速やかに宝玉を渡して頂きたいのですが。どうでしょうか?」
 
「そうですね。まあ、宝玉は教会にあるんですが、しかし解せませんね。実は私、その手のオーパーツには詳しいんですが、あなたが宝玉を手に入れてもどんなメリットがあるんです?」
 
「メリットとは?」 
 
「あの宝玉から金を生成するにしても非常に複雑な錬成方法が必要になります。それをあなたたが知っているとは到底思えない。つまり、あなたは金を作れないと知っていながらあの宝玉を手に入れようとしている訳です」
 
「…………素晴らしい推理ですね。確かに私はあの宝玉の錬成方法は知りません。何しろ先代の神父の痕跡を追うことで宝玉を知り得たのですからその錬成方法に至ってはまさに無知です。ですが…………」
 
 ムギの笑みが邪悪に変わる。
 
「私があの宝玉を手にすれば、私のネットワークを使って宝玉を売り込むことが出来る。そしてそれを買おうとするものは必ず錬成方法を知っているはずです。そのコネは非常に有用なのですよ。商人にとって最も大切なもの。それは人脈なのですから」
 
「…………なるほど。その人脈をつり上げるための宝玉は餌というわけですか」
 
「そういうわけです。さて、それでは宝玉をいただけますか?」
 
「そうですねぇ。あ、最後に質問なのですが。ここに全員あなたのお仲間が集まっているんですか?」
 
「ええ、そうですが?」
 
「そうですか…………それは良かった」
 
 ライトはあまりにも当たり前に立ち上がった。荒縄は足下にあり、全て断ち切られている。その動きがあまりにも自然であり、その違和感に気づくのにしばらくの時間を必要とした。
 
「な…………」
 
 一番最初に反応したのはガインだった。直ぐに自分の武器を手にしようとするが、それよりも早くライトは動く。
 
「ぐわ!」
 
「あひ!」
 
 ガインが動く前に二人の男が吹き飛ぶ。ライトには一つの武器が握られている。無骨にして畏怖を放つ大剣。長さは彼の身長ほどはあり、大の大人でも持つだけで苦労しそうな大きさだ。
 
「馬鹿な!」
 
 先ほどまで確かに武器など何一つ持っていなかった。いや、ナイフや短刀などと言った小さな武器ならば身体検査を受けたにも関わらず隠し持っていたということも可能だろう。しかし、今彼が持っている武器は明らかに隠し通せるものではない。
 
「実は私、一つ、自慢があるんですよ」
 
 剣の刃は使わず、腹を使って男達を叩く。遠心力が加わった鉄の塊など一撃受けただけでひとたまりもない。一振り事に一人以上の男達が吹き飛ぶ。
 
「……武器を隠すのは得意なんですよね、私」
 
 一斉に男達が襲いかかる。ライトはそれを見越して、今ある武器を簡単に捨てると、
 
「『現出せよ我が同胞』」
 
 言葉と共に空手に二つの剣が現れる。先ほどよりも細く短い片手で扱えそうな一般的な剣だ。それを掴み、まるでワルツを踊るかのように綺麗な弧を描く。銀色に煌めく軌跡が生まれるたびにダンスのパートナーであるはずの男達は次々と倒れていく。
 
「………………」
 
 本来ならば自分もライトを斬りにいかねばならない。しかし、彼はライトのその動きに見とれていた。準騎士になるために血の滲む訓練を続け、試験の時は幾度も生死の境をさまよった。それほど剣に生きたガインだが、ライトの剣に魅せられた。美しい。本当にその動き一つ一つが、無駄が無く、敵を倒すためだけに動いている。
 
「『現出せよ我が同胞』」
 
 足下周辺に細い刃が何本も突き刺さる。それを目にも留まらぬ速さで持つと即座に放つ。
 
「が!」
 
「!?」
 
 一本がガインに飛んできた。
 
「!」
 
 持っていた剣を盾にして刃を防ぐが、あまりの衝撃に持っていた剣にヒビが入ってしまった。
 
「やりますね」
 
 全てを放ち終わり、立っているのはムギとガインだけになっていた。
 
「ふっ、本気でいっているのか?」
 
 自嘲気味にガインは呟いた。
 
「な……なんだお前は!」
 
 今まで黙っていたムギがようやくライトに指を指す。
 
「そういえば自己紹介がまだでしたね。お初にお目にかかります」
 
 大仰にお辞儀するライト。
 
「王立特務部隊『漆黒の牙』第五番。『千剣』セイバー。二度とお会いすることはないと思いますが、お見知りおきを」
 
 その声はまるで、死神が囁くような優しく絶望的な声だった。
 
「王立…………特務部隊…………」
 
 ムギは膝を付く。
 
 
「王立特務部隊」
 
 恐怖の代名詞と呼ばれる建国以来最悪の部隊であると言われている。主に非合法による武装集団の制圧、オーパーツの処理などを任される。しかも彼らは単独での任務を主にしており、その実力は正規部隊一個師団クラスと言われているほどだ。しかも生殺与奪の権利すらも自由に決められており、彼らが通った後には死者しかいないとまで言われている。
 
     
「まあ、今回は思いがけず任務になってしまいましたが」
 
 苦笑と共にライトの右手に再び剣が現出する。
 
「…………聞いたことがある。別の空間からある物質を引き寄せる力。『物質移送(アポート)』と呼ばれる異能能力」
 
 ヒビの入った剣を捨てると、脇に差したもう一つの武器を取り出した。二度と使うまいと思っていた武器ではあるが、彼の騎士としての誇りが、その武器を持たせた。それは筒だった。大きさとしては今ライトが持っている剣の柄ほどの大きさと長さだ。
 
 ライトはその筒を見ると表情が変わった。
 
「闘剣…………使い手とは思っていましたが準騎士でしたか」
 
「元な」
 
 筒の先から光が溢れ、それが剣となる。己の闘気を具現化し刃とする闘剣。準騎士から与えられる特殊な兵器だ。
 
「分かりませんね。準騎士にまで上り詰めたあなたが何故このような場所で悪党に荷担しているのですか?」
 
「ムギ様には恩義があってな。我が一族が危機に瀕したとき資金を工面してもらった。世の中金というわけさ」
 
「救われませんね。どうも…………」
 
 ライトは左手に現出した短剣を持つ。
 
「………………」
 
「………………」
 
 二人の気がぶつかり合い、辺りの空気が重くなっていく。
 
「………………」
 
「………………」
 
 
 !
 
 
 動く。音は後からついてくる。閃光のような一撃。闘剣の刃は普通の剣では防ぐことは出来ない。故に闘剣が迫り来るその瞬間、ライトは左の短剣でその一撃を受ける。即座に融解する短剣。だが、時間にして刹那ほどの時間差が勝敗を分けた。
 
「!?」
 
 右の剣が闘剣を越える。
 
 
 !!
 
 
「………………」
 
「………………」
 
 短剣を失ったライトと斬られたガイン。勝敗は決した。
 
「さすが特務部隊…………」
 
 笑みを浮かべ、ガインは倒れていく。それを見届け、ライトはため息をつく。かなりの実力者ではあったが、どうにか殺さずに事を終えたことへの安堵のため息だった。
 
「…………さてと」
 
 持っていた剣を無に返すと当たりを見渡す。するとそこにはムギの姿がなかった。
 
「ふむ…………」
 
 焦らず、部屋の扉を開ける。
 
「動くな!」
 
 そこにいたのはアミとユニに刃を突き立てているムギの姿だった。
 
「化け物め…………」
 
 目は血走り、もはや余裕など何一つ持っていないムギ。
 
「う〜ん、結構傷つく言葉ですね。私なんかよりも師匠の方が明らかに化け物ですけど」
 
「黙れ! 早くどこかに行け!」
 
 焦るムギに対して、ライトはずいぶんと冷静だ。恐怖で凍り付いているアミとライトを見つけて喜んでいるユニ。ライトはそのユニを見た。
 
「…………ユニさん。行けますか?」
 
 一体何を話しているのか。だが、二人にはその会話が成立しており、ユニは辺りを見渡しだした。
 
「う〜ん…………」
 
 辺りを見渡し、そしてユニはアミを見た。
 
「あ」
 
「ユニちゃん?」
 
「アミちゃん。アミちゃんって口の中切って血が出てるんだよね?」
 
「う……うん」
 
 この状況で何を言っているのだろう。
 
「何を話している! お前ら!」
 
 ムギの苛立ちが募り、今にも持っている刃を突き刺してしまいそうだ。しかし、ユニはお構いなしだった。
 
「ごめん、アミちゃん。どうもそのくらいしかないみたいだから」
 
 と、突然ユニの顔が近づき、何か柔らかいものが唇に当たった。
 
「へ?」
 
 すると口内に何かが侵入してくる。いきなりの感覚に戸惑いながらも何も出来ない。そしてその感触は殴られた時に傷ついた傷に触れた。それがユニの舌であることに気づいたのはユニの唇が離れた後だった。
 
「何を…………!」
 
 その言葉が続かない内に、ムギが持っていた刃が吹き飛んだ。
 
「は………………」
 
「え…………」
 
 顔が離れた。目の前にはユニがいる。だが、それは初めて見る人だった。
 
「小賢しい…………」
 
 言葉と共にムギが吹き飛ぶ。
 
「ぬあ!」
 
 そして二人を縛っていたはずの荒縄がボロボロと崩れ去る。だが、そのような不可解な現象が巻き起こっているにもかかわらず、アミはユニの顔から目を離すことが出来なかった。
 
「何だ? 妾の顔に何かついておるのか?」
 
 明らかにユニとは違う言葉遣い。柔和な表情はどこか大人びてそれでいて冷酷な女王のような表情だった。
 
「いきなりの変化に驚いているんですよ。師匠。ユニさんとお友達になった方ですから」
 
 そう言いながらライトはマントと三角帽子を彼女に着せた。それはまさに魔女そのものだった。ライトの姿は「魔法使いのような」格好でしかなかったが、今の彼女のその姿は誰がどう見ても魔法使いのそれだ。
 
「そうか。ユニの友人という訳か。悪かったな、故あってしばらくこの状態だが直ぐ戻る」
 
 そう言って、彼女は首を回して今いる場所を確認する。
 
「現状を報告しろセイバー。まるでわからんぞ」
 
「いや、さっきあの方を吹き飛ばしてあらかた終わってます。師匠」
 
「なんじゃ、お主はあんな三下のために妾を呼んだというのか? 嘆かわしい。そんな軟弱な弟子に育てた覚えはないぞ」
 
「育てられた覚えはあまりないですね」
 
 思わず苦笑するライト。
 
「な……何なんだ! お前達は!」
 
 傷だらけでありながら、それ以上の恐怖に苛まれた表情でムギは震えていた。
 
「ふっ、冥土の土産に聞くが良い。妾はパーフェクトブラッド。伝説の魔法使いよ!」
 
「魔法使い…………魔法使い!?」
 
 先ほどのライトの特務部隊以上の驚きがムギを襲った。
 
「それじゃあ、ユニちゃんが!」
 
 
 大戦には一つの御伽噺のような事実がある。泥沼であった大戦を最終的に終結させたのは一人の魔法使いであったと。その魔法使いは一人で一国を相手にし、退くどころか撃退してしまったのだ。しかし大戦の終結期、魔法使いは何ものかに殺されてしまった。しかし、誰もが思った。それほどの力を持った魔法使いが殺されるはずがないと。人知れずその魔法使いはどこかで生き延びているはずではないか。
 
 
 そんな噂話が大陸中に囁かれている。そして、それは事実であったと、彼女を見たアミとムギは確信した。
 
 
 彼女を手を掲げ、そこに力を込める。
 
「『来たれ、神槍。神の使いしその刃、幾多の戦場にて無限に敵を屠り帰り来る者なり』」
 
 光が彼女の手の先に集中し、光の槍が形成される。触れたものの存在すら許してくれぬであろう力が見て取れる。あんなものに突き刺されたら。
 
「止めろ! 止めてくれ! 金なら出す! だから」
 
 殺されることよりも恐ろしいことになる。ムギは体中からあらゆる体液を出しながら懇願する。
 
「馬鹿な奴じゃ。妾が金で動くとでも思ったのか?」
 
 獰猛な笑みを浮かべ、槍を振りかざす。
 
「ヒィ! ヒィィィィィ!」
 
 腰が抜けたか座り込みながら後ずさる。しかしその程度で避けられるほどその力は柔ではない。
 
「そ〜ら食らえ!」
 
「ヒギャァァァァァァァ…………」
 
 と、ムギは突然糸が切れたように白目をむいて気絶した。
 
「…………ふん! つまらん!」
 
 光の槍はまだ彼女の手の内だ。しかしそれを掴むと光が消える。
 
「後は任せたぞ。まったく、こんなことで妾を二度と呼ぶな」
 
「分かりました師匠」
 
「ではな。あ、それと」
 
 彼女はアミを見る。
 
「そなたの血。なかなか美味であったぞ」
 
「え?」
 
 彼女は笑っていた。その笑みだけは今日知り合ったユニの笑顔そのままだった。
 
 
 あの後、気絶するユニを抱きかかえたライトは、そのまま腰砕けになってしまったアミも抱きかかえ、家に送ってくれた。その際、ユニの話しを聞かせてもらった。
 
 彼女、つまり魔法使いは一度は死んだのだが、ある魔法によって蘇ることができた。それはある一つの死体に己の魂を移し替えるという大魔法だ。魔法使いでも成功するかは運が必要とまでされる難易の高い魔法。しかし、彼女は条件付きだが、その魔法に成功した。その条件とは、血を飲んだときのみ自らの意志で眠らない限り、人格を表に出すことができるというものだ。普段は彼女の記憶は封じられ、別の人格が彼女の替わりをしている。それがユニという存在。ユニは魔法の副産物によって生まれた存在だった。元は大戦で死んでしまった子供の死体。そこから生まれた人格は元々の人格だったのか、全く別なものなのか知ることは出来ない。ユニにはその生前の記憶がないのだ。だから彼女はまったく新しい存在として今を生きている。大戦を知らぬ子として。
 
 
 その話しを聞いて、何故かアミは泣きたくなった。何故かは分からない。だけどどうしようもなく悲しくなったのだ。
 
 
「それではお世話になりました神父様」
 
「お世話になりました」
 
 ライトとユニは同じようにお辞儀をする。
 
「いえ、こちらこそ本当にありがとうございます」
 
 神父は微笑み、礼を尽くす。それを見届け二人は歩き出した。
 
 
「さてと、次はどこに行きましょうか。ユニさん」
 
「う〜ん、師匠の行きたいところならどこでもいいです」
 
「そういうのが一番困るのですが…………おや?」
 
 道の先に一人の少女が見える。
 
「あ、アミちゃん!」
 
 ユニは直ぐに友達に駆け寄った。
 
「どうしたのアミちゃん」
 
「見送りに来たの。ここにいればきっと会えると思ったから」
 
「そっかー。ありがとうアミちゃん」
 
「ううん。それよりまた来てね。私、待ってるから」
 
「うん! 絶対戻ってくるよ」
 
「どうしました?」
 
 ようやくライトもアミのところにやってきた。
 
「師匠。アミちゃんが見送りに来てくれたの!」
 
「そうですか。ありがとうございます」
 
「いえ。あ、そうだ。これを」
 
 アミが差し出したのは袋いっぱいに入った小さなビスケットだった。
 
「これは?」
 
「選別です。日持ちするものですからちゃんと袋に入れておけば半年くらいは食べられます」
 
「わーい! 早速食べてみましょう師匠」
 
「こらこら。これは非常食ですよ。ありがとうございます。アミさん」
 
 不満顔のユニを置いて、ライトは腰を折る。
 
「いえ、私はこれくらいしか出来ませんから」
 
 そして、アミはユニの手を取った。
 
「がんばってね。ユニちゃん」
 
「うん! 任せてよ」
 
 たぶん、本当の意味は分かっていないのだろうが、その笑みを見ていればきっと大丈夫だろうとアミは思った。この二人ならどんなことでも乗り越えてしまうだろう。
 
「それでは。行きましょうか。ユニさん」
 
「はーい」
 
 その手が離れる。ちょっとした喪失感。でも、これが永遠の別れではない。アミはそう願っている。
 
「ライトさん。この街を出る前に商店街の武具屋さんに寄ってみてください」
 
「武具屋さん?」
 
「はい。きっと良いことがありますから」
 
 そう言って笑った。
 
「? まあ、わかりました。寄ってみます」
 
「はい」
 
「またねーアミちゃん!」
 
「うん、また!」
 
 そして、三人は別れた。きっと武具屋に行ってライトは驚き、ユニは大喜びするだろう。その二人を見られないのが、ちょっとだけ残念に思えた。
 
剣と魔法使い 完

後書き