Resi+stance(レジ+スタンス)

 
 トランクイロ大陸の五つの国の一つ、西のレッツァ。別名「鋼鉄の国」と呼ばれるこの国は鉄と石炭ばかりの山を切り崩して国を鋼鉄に作り替えた。奇しくもそれを効率的に扱う事の出来るオーパーツを手に入れ、その上希代の天才がこの時代に三人も生まれたことが産業革命という名の津波を作り出すきっかけとなった。
 
 強者はその津波に乗り、弱者はその波に飲み込まれながらも時代は加速度的に進んでいく。しかしあまりにも早い時代の流れは、何かしらの歪みを作り出す。その歪みは正しく生きる者にとっては治しがたいものだ。だから俺がいる。正しく生きれぬ俺はその歪みのゆりかごの中、前にも後にも進めずただ生きていくだけだ。
 
「………………」
 
 俺が目を覚ますとそこは当たり前のように俺の部屋だった。まさに俺の人生をそのまま現したかのような部屋で、そこに一体何があり、何がないのかまるで分からない。とりあえず俺が眠っていたまるでスプリングが効いていないソファから腰を上げる。
 
 ベルクライス第六区間、ブラックマンタと呼ばれるビル群。終末手前の人間が住むべきであろうその一角に俺の部屋がある。1LKの俺の部屋は利用できそうどうなのか分からない机や椅子やら拳銃の弾やらコンドームやらが散乱して足の踏み場などありはしない。よくもまあ、こんな場所を作り出したと自分に言い聞かせてやりたいくらいだ。
 
「あー、眠ぃ」
 
 昨日は久しぶりに臨時収入が入ったので、それを使って酒を飲んでついでに最近ご無沙汰の下半身を使おうと思ったのだが、街にいるのが明らかに外れクジばかりだったので諦めて帰ってきたのだ。時間が遅かったのも理由だろう。きっと男どもはうまい具合に外れクジをひかないようにしてしていったに違いない。
 
 紙くずを踏みながら隣のキッチンへと向かう。
 
 キッチンも部屋と同様混沌という言葉をそのまま具現化したような感じで、皿やら何やらが山盛りで置かれている。俺はそこから使えそうなコップを抜き取り、蛇口をひねって水を出す。茶色の水が透明になるまで待ち、透明になった水をコップですくい、一気に飲んだ。
 
『すいませーん』
 
 コップを放り投げ、空腹をごまかし終わるとそれを狙ったかのようにドアをノックする音が聞える。
 
『すいませーん』
 
 若い女性の声だ。俺は考える。
 
 家賃徴収
 水道代請求
 電気代請求
 新聞の勧誘
 仕事の依頼
 
「…………」
 
 正直どれもありえるので、扱いに困る。上記四つは願い下げだが、最後の一つが来れば俺の腹は膨れるのだが。
 
 しかし、確立は五分の一。分の悪い賭けだが、どうするか。
 
 しばらく様子を窺っているがノックは断続的に続く。
 
『すいませーん』
 
 再びノックする。
 
『おかしいなぁ。ここだって聞いたのに……』
 
 どうやら誰かから聞いて俺のところにやってきたらしい。
 
『困ったなぁ。一度父さんの所に戻ろうかなぁ』
 
 父さん?
 
 言葉どおりの意味なら父親がいるということか。それなら俺のところに来る意味が余計分からない。ここの建物の主は一体どのくらい生きているのか全く分からないババアだし、他のものなら俺のところに娘が来るというのは考えにくい。その父さんというのが別の意味で使われたならまだ考えようもあるが。
 
『すいませーん』
 
 再びノックする。しかし俺は何の反応もしない。ここは居留守を決め込むのが得策だろう。分からないものには関わらないというのは生きるうえでの重要なことだ。
 
『う〜ん……』
 
 そして声が、途切れ、足音が聞こえそれが遠ざかりやがて消えていった。どうやら諦めたようだな。
 
「ふう…………」
 
 硬直させた体をため息一つで元に戻し、ソファに向かう。こんな陽気な日だ。もう少しゆっくり寝ていても罰は当たるまい。
 
 しかし、先ほどの相手は何だったのか。本当に仕事の依頼だったら惜しいことをした。
 
「ま、そんなこと考えても仕方が無いか」
 
 俺は寝室からキッチンに向かう唯一の足の踏み場ルートを使ってソファにたどり着き、寝転がる。今日はこの街にしては珍しく快晴で、日の光を滅多に浴びない俺には少々きつい日差しだ。カーテンを閉め切って日の光を遮るか。
 
 俺は腰を上げて窓に視線移す。
 
「…………え?」
 
 窓の向こう。ベランダになっているそこに人が立っていた。
 
「ぬおぉぉ!」
 
 いきなりだったので驚き、思わず俺はソファから転がり落ちる。
 
『すいませーん』
 
 窓を軽く叩きながら、俺を呼んでいる。俺はソファを使って立ち上がるともう一度『彼女』を確認した。だぼだぼのコートに身を包み、プラチナの髪は一つにまとめていわゆるポニーテールの体裁をしている。肉付きはあまり良くないほうだが、顔立ちは悪くない。夜中この街を彷徨ったらとんでもないことになりそう顔だ。
 
「なにやってんだ。あんた」
 
『レンネ=タントラ?』
 
 俺の言葉を無視して俺を指差す。
 
「そうだが、あんたは?」
 
『ホント! いや〜ようやく会えた。アビスレインから一週間もかかっちゃった』
 
「アビスレインからって一体どんな風に移動すればそれだけかかるんだ?」
 
 このベルクライスから首都アビスレインは歩いても一日。鉄道を利用すれば三時間もすればたどり着く。
 
『それより、開けてくれないかな?』
 
「とりあえず、名前とここにきた理由を話せよ」
 
 勝手に話が進んでいるので、俺は彼女をけん制するつもりで警戒色を強くする。アビスレインの人間が俺に用事となれば警戒の一つはならないのだ。
 
『あ、そうね。私はアリス。アリス=グラスチャー。父さんの研究のためにやってきたの』
 
 その名には聞き覚えがあった。特に下の名前に。
 
「…………グラスチャーってもしかして…………」
 
『うん。レーガン=グラスチャー』
 
「…………そうか」
 
 俺は適当にゴミを払いながら窓へと歩く。そして、カーテンを閉めた。
 
『ちょ! どうして閉めるのよ!』
 
「帰れ。俺はあのおっさんには関わりたくない」
 
 この世で最も関わりたくない人物だ。その名は。
 
『あなた、父さんの弟子だったんでしょ! 弟子は師匠の言葉に絶対服従なんでしょ!』
 
「悪いが。俺は破門にされたんだよ。だからおっさんとの縁は切れてる」
 
『父さんは勝手に消えてったって言ったわよ!』
 
「あ〜煩い、煩い。とにかく俺は絶対関わらない。おっさんの娘なんてなおさらだ。そんな自殺行為は絶対やらない」
 
『上等!』
 
 何をする気だ。と、思ったのもつかの間、彼女の影が突如ベランダから消えた。
 
「…………何だ?」
 
 先ほどの言葉が捨て台詞だったのだろうか。いや、グラスチャーの家系がこんな程度で諦めるとは思えない。しかし、それでは何をと思ったところ、彼女の影が再び現れる。…………片手に巨大なバックを持って。
 
「って! まさか!」
 
『くらぇぇぇぇぇ!!』
 
 バックを振りかざし、窓に叩きつける。ガラスの窓がその衝撃に耐えられるはずも無く、割れるなんて生易しい言葉は通り越し、ものの見事に粉砕した。
 
「ぬお!」
 
 おわててガラスの雨に当たらないように俺は退避する。割れたガラス窓越しからカーテンを引き剥がし、カギを開けて、彼女、アリスはこの部屋にやってきた。
 
「お邪魔します」
 
 勝ち誇った笑みを浮かべる。俺はそれを唖然と見ているしか出来なかった。
 
 
「レーガン=グラスチャーはこの国の三人の天才の一人とされる大偉人。父さんは主に生体工学を研究していて現在腕や足を失った人の代わり、ううん、失った当時の手や足を再生させる研究を続けてるの」
 
 いつの間にか俺の唯一の安息場所であるソファーを占拠し、自分の父親を雄弁に語っているアリス。俺は逆さになっていた本来足が四つあるはずの椅子をひっくり返してバランスを調整して椅子に座っている。
 
「そんなこと、分かってるよ。つーか間違いなくお前より分かっている」
 
「あ、それもそっか。あんたは父さんのお気に入りだったもんね」
 
「誰が言ってたんだ? それ」
 
「父さんとミミラさん」
 
「…………あっそ」
 
 正直、川に向かって物理の実験だとか言って人間大砲(玉は俺)をやらかす人物達にお気に入り指定されていたとは驚きだ。
 
「で、あのおっさんが今頃なんで俺を頼って来たんだ?」
 
「しっかし、汚いわねぇ、この部屋。私が掃除してあげようか。というか掃除しないと気に食わないから勝手にやろうと思うけど」
 
 俺の質問に答えず部屋を見渡すアリス。
 
「勝手にやって勝手に帰れよ。とにかく俺はおっさんに協力する気はないからな」
 
「あ、別にあんたは父さんの手伝いをする必要はないんだって。私にあんたの研究を実践してくれればそれでOK」
 
「は?」
 
「あんたの研究が一体何なのかは分からないけど、父さんは『あいつの研究は男にしか救いの無かった宗教に光を当てた凄い研究だ』って言ってたから本当に凄い研究だったんでしょ」
 
「いや…………」
 
「で、実際どんな研究なの? 父さんから聞き出そうとしたけど結局聞けなかったし、最初はちょっと痛いけど、危険性は全く無いって言ってたから気軽にOKしちゃったけど」
 
「気軽にOKなんてするなよ」
 
「?」
 
 首をかしげる。どうやら本当に俺の研究について何も知らずに来たらしい。つーか、あのおっさん。本当に娘を俺のところに行かせて、実験の研究をしろなんて常軌を逸しているぞ。普通じゃないのは分かっていたが。もはや言葉も無い。
 
 一方、俺の表情が変わったことに首をかしげるアリス。
 
「え、何か危険なこととかあるの?」
 
「いや、危険なことは無いとは思うが…………」
 
 元々俺はある研究をするためにおっさんのところにやってきた。まあ本来の研究をしていたら結局行き着いてしまったというのが本当のところなのだが、俺の研究はそれなりの成果をあげた。しかし。
 
「俺の研究は完全に異端だったんだよ。何しろ名ばかりとはいえ国教のワイズ教を完全に否定しているくせに、触れることが禁忌とされた学問だ。おかげで過去の資料が無くて苦労したし」
 
「でも、父さんは凄い意義のある研究で、馬鹿一人くらいあんな研究をするべきだって言ってたわよ」
 
「それは褒めてないだろ」
 
 とにかく、俺がしていた研究は、異端の上にこの研究の本来のテーマを見間違える奴等が続出した。まあ俺もそれは予想していたことだからある程度の研究成果が出た後、おっさんの元から離れたのだ。あの頃はまだおっさんの知名度は天才と言われる段階でもなかったし、俺みたいな研究が人目にさらされたら攻撃を受けることは間違いなかったから。
 
「とにかく。私は父さんに頼まれてきたの。何もせずに帰りましたなんて口が裂けてもいえないのよ。さっさとあんたの研究を見せなさい」
 
「…………本当にいいのか?」
 
「いや、そんなにすごまれるとちょっといいとは言えないけど。とにかく、どんな研究しているかくらい教えてよ」
 
「まあ、教えれば諦めるか」
 
「何よそれ。私を馬鹿にしてる?」
 
「いや、普通の女なら間違いなく拒否する」
 
「ホント、一体どういう研究してるの? あんた」
 
「まあ、難しく言えば房中術」
 
「防虫術?」 
 
「今、違う言葉、思い描いただろ?」
 
「そうじゃないの?」
 
「違う。全く違う。じゃあお前に分かりやすく言えばセックスだ」
 
「は?」
 
「だからセックス。もうちょっと正しく言えば性交術」
 
「え? え?」
 
「俺はそういう行為についての研究と実践、後はそれに関する可能性の研究をやっていたんだ」
 
「えええええええええええええ!!!」
 
 窓ガラスを再び割らんがごとくに叫び声が彼女から放たれた。
 
「ちょ! な、何よその研究!」
 
「あーだから誤解するなよ。つっても無理だろうからさっさと帰れ。俺の研究の手伝いをやりたいってことになるとそういうことになるから」
 
「嘘よ嘘! 私を帰すための口実でしょ!」
 
「嘘ついてどうする。んじゃ、帰っておっさんに聞いて来いよ。返ってくる言葉はイエスだけどな」
 
「ホントなの?」
 
 表情は青ざめている。うむ、真意だけを話さなければこのまま帰ってくれるかもしれないな。
 
「ああ。俺の研究は男女の性交に関する研究だ。どうすれば相手を気持ちよくできるかとか射精のコントロール方法とかそんな感じ」
 
「…………」
 
 言葉を失ったらしい。まあ、そりゃそうだ。この話をして七割は低俗だと切り捨てるし、他の三割は見向きもしない。おっさんの研究室でもこの研究をまともに見てたのはおっさんとミミラくらいしかいなかったし。
 
「どうして、そんな研究してるの?」
 
「ん?」
 
「父さんは『凄い意義にある研究』って言ってた。だからその研究には真意があるんでしょ。そうじゃなきゃお父さんがあんたをお気に入りにするはずがないもの」
 
「…………」 
 
 先ほどから赤から青に表情は転じてそして、赤に戻ってきたが、瞳は真摯なものだった。その表情を見て、俺は思わず息を呑む。そして、忘れていたあの頃の情熱のひとかけらが戻ってきたような気がした。俺の研究を聞いて、これほど真摯な目を向ける人間はいっそ初めてと言っていいかもしれない。
 
「まいったな…………」
 
 グラスチャー家の家系というわけか。
 
「え?」
 
「いや。なんでもない。それじゃあんたはワイズ教の初言記をそらで言えるか?」
 
「あんたじゃなくてアリス」
 
「はいはい。それじゃあアリス。分かるか?」
 
「う〜ん、あれでしょ。神様が人を作る話でしょ」
 
「まあ、そこまで分かればいいや。ついでに厳密に言うと神様が最初に作ったのは『男』だ」
 
「性別決まってたの?」
 
「ああ。最古の文献には堂々と載ってる。最近の奴はぼかして『人』にしてるけどな。最古の文献だとこうなる。その後一人ではさびしかった男は神にこう相談するんだ。『私と同じものをください』ってな。しかし神様は『お前はこの世の全ての良い行いで作られたものだ。だからお前と同じものは作れない』ってな。だけど男はさびしいから『なら私とまったく反対のものを作ってください』というんだ。そうして全ての悪い行いから作られたのが女とされている」
 
「はあ? なにそれ」
 
「基本的に宗教の源泉は男尊女卑なんだよ。他の宗教を見ても大抵は男が主導になって女はその付属品扱いだ」
 
「酷いじゃん」
 
「ああ、酷い。基本的に宗教は救いがあるからその宗教に固執するんだが、ワイズ教は基本的に女性に救いがない。ワイズ教の神父が必ず男性しかなれないのはその名残」
 
「あ、そういえば」
 
「他の宗教も似たり寄ったりだ。シホウの方では神を宿す存在として女性を使うが、それだって下ろす神は男だし、やはり基本的に女性はただの道具としてしか見ていない」
 
「納得いかないなぁ。男と女だって結局は人なんだから」
 
「そうだな。だから女も救いがあるものは無いかと俺は探し続けた。で、探した結果、一つの理念を見つけたわけだ」
 
「理念?」
 
「そう、宗教とはいえぬほどの小さなものだが、それは確かにあった。つまり男女とは本来一つであるという理想。しかし男と女は別れている。ならばそれをつなげ、合一することで救いを得る」
 
「それが」
 
「まあ、性交になるわけだ。他にもこういう思想はあって、例えば不老不死の法としてどちらかの精力を得ることで長寿になるとか。はたまた病気を癒したりとかな」
 
「なるほど。じゃあ、あんたはそういうことを研究してたんだ」
 
「まあな。とりあえず救いというのはまだ遠いが、最後に言った精力を分け合ったりする方法はそれなりに完成した。後はあらゆる性技か。これはとりあえず街の娼婦に教えることで金になるから役に立っているといえば役に立ってるんだろうなぁ」
 
「……ふーん、なるほど」
 
 いつの間にかアリスはずいぶんと涼しい顔をしていた。
 
「というわけでさっさと帰れ」
 
「何でよ?」
 
「だから俺の研究はそういう研究なんだよ。志はともかくお前がここにいて研究の実践となるとそういうことしかなくなるわけだし」
 
「そうね〜。確かにそうかも…………」 
 
「じゃあ…………」
 
「というわけでしばらく泊まることにする」
 
「はぁ!?」
 
 ちょっと待ってくれ。一体、どんな思考回路を辿ればそんな方向に話が進むんだよ?
 
「ちょっと待て。マジなのか?」
 
「父さんは嘘は言わないからそれが凄い研究なのは確かだし。まあ、だからっていきなり体を許すわけにもいかないけど。とりあえずあんたがどんな人間か見極めてから研究を手伝うかどうかは決めることにするわ」
 
「迷惑だ。それに今俺はこの研究は続けてない」
 
「そうなの?」
 
「当たり前だろ。ただでさえ資料の少ない研究だ。研究所にいた頃とは違って特権はないし」
 
「じゃあ、研究所に戻ればいいじゃん」
 
「それこそごめんだ」
 
「わけ分からない」
 
「それはこっちの台詞だ。とにかく帰れよ。俺はお前みたいな奴を養うほど金も無いしな」
 
「さーて、とりあえず部屋の掃除からやるね」
 
「聞けよ! おい!」
 
 こういうところは本当におっさん譲りだな。まったく。
 
 
「つか、何で部屋追い出されてるんだ。俺?」
 
 いつの間にかアリスのペースにはまり、掃除の間、部屋を出ろと言われてこれだ。つくづく俺はグラスチャーの家系には勝てないようになっているらしい。
 
 俺は第六区間を離れ、暇を持て余しながら、第五区間に向かっていた。この街は第八区画まで存在するが、基本的に第六区画までしかない。理由は第七、第八区画は地下に存在するからだ。しかも無許可工事によって作られているためこの街を作った人間も地下はどういう仕組みになっているかは分からない。つまり、言葉どおりのアンダーグランドが広がっている。俺は怖くて地下にもぐったことは無いが、聞いた話じゃマフィアやらこの国のあり方をよく思ってない奴等が徒党を組んでいるって話を耳にする。そういう怖いことは是非よそでやってもらいたいものだが。
 
「よう女衒。こんな昼間から何してるんだ?」
 
 猫背で歩いていると後ろから自転車に乗った奴が俺の前を塞いだ。この街をそのまま人間にしたらこいつになるだろうと思わせる男だ。頭半分を丸めて後頭部から伸ばしている髪は一体何の色に染めたいのかあらゆる色が塗りたくられている。黒のサングラスは冗談みたいな大きさで、彼には全く似合っていない。その上服装はぼろ布なのかファッションとでも言いたいのかカラフルで目立つことこの上ない仕様だ。このなりでこの街では知らぬものがいないほどの情報屋だというのだから本当に冗談みたいな男だ。名前も実にいいかげんで、本名は誰も知らない。俺の知っている名前は『リーク』という名前だが他にもいくつか名前を使い分けているらしい。
 
「俺の勝手だ。それに『女衒』は止めろよ。その名前は好きじゃないんだ」
 
 女衒は売春の仲介役だ。金の無いところに行って女を買って、娼婦宿に売りつける。俺がやっている仕事とはまったく違う仕事だ。
 
「同じようなもんだと思うがな。しっかしお前の教育は大したもんじゃねえか。お前が先月調教した奴なんてグラッキーの愛人になったんだろ」
 
「らしいな」
 
 昨日の臨時収入はまさにその話で、たまたま歩いていた隣に未だに珍しい臭油自動車が止まり、ドアが開くと俺の教え子が笑顔で現れたという話だ。持ち合わせはほとんど無いけどと言われて出された金が俺の食費の二か月分なんだからこの世はどうかしている。あまりの世の中にその金の半分を酒代で消費してしまったくらいだ。
 
「そんな話をしているとお前に調教してもらいたいって女は後を絶たないんじゃないのか。羨ましい限りだぜ」
 
 嫌みったらしい笑みを浮かべるのだが、こいつがそんな表情を浮かべてもひょうきんから抜け出さないので腹も立たない。
 
「そんなわけないだろ。それに俺が教えるのは元々素質があるやつだけだ。実際俺がやってるのは彼女達が迎えるだろう幸せをちょっと早めているにすぎないんだよ」
 
「なるほど。じゃあ、今日やってきたあの女はそのお眼鏡にかなった相手ってわけか?」
 
 表情を固める。
 
「…………どこから聞いたんだよ。それ」
 
「俺に知らないことは何にも無いぜ」
 
 溜息をつく。こいつにかかれば俺の昨日の食事や家賃の滞納額も分かってしまいそうだ。
 
「じゃあ、女の素性も分かるだろ。アレはそういうのとは全く無縁だよ。つか俺の師匠の娘だぜ。指一本触れられるか」
 
「らしいなぁ。しかし、おかしな話だぜ。確かあんたの師匠は結婚なんてしてないだろ?」
 
「結婚しなくても子供はできるだろ」
 
「ま、そりゃそうだ。それにしてもおかしくないか? あんたの師匠の女房は研究とオーパーツだけだろ。そんな奴が子供なんて作れるとは思えないんだが」
 
 どこか探りを入れているといった雰囲気。それでピンとくる。
 
「…………それを探りに来たのか」
 
「そういうこと。知らないことは知りたくなる。俺の悪い癖さ」
 
 本当に悪い癖だ。しかしその悪い癖が俺の飯代に化けるときもあるので、悪いとは言えない。
 
「報酬は?」
 
「あんたの師匠の話は高く売れる」
 
「差し支えないところまでだぞ」
 
「分かってるさ。あんたが義理堅いことくらい」
 
「はいはい。じゃあ、いつもの連絡先でいいんだな?」
 
「ああ。頼んだぜ」
 
 サングラスの位置を直すと彼は自転車を走らせて行ってしまった。あんななりでも稼ぎは良いのだから世の中はやはりどこかおかしいと俺は思う。
 
 
 しかし、リークの話は考えてみれば確かにその通りだ。おっさんの恋人は研究室に全てある。暇さえあれば研究室で逢引を楽しむような人だ。そんな人が子供を作るというのはちょっと考えられない。それにアリスの見た目の年齢なら俺がおっさんの下にいる頃にはとっくに生まれていたことになる。おっさんから子供がいるなんて話は一度も聞いた事が無いからこれも不思議だ。
 
「まあ、聞いてみれば分かるか」
 
 俺は二か月分の半分しかなくなった金で日持ちしそうな食料を買って帰路についていた。 
 
(しかし、立ち入った話だったら面倒だしなぁ)
 
 ありえそうな話が、酔った勢いで出来た子が今頃になってやってきたって話だが、そんな話を聞かされると胸糞悪くなるだけなので、聞きたくも無い。
 
 というより、俺はあいつが本当におっさんの娘か確認してないんだよな。まああの性格からして、ほぼ間違いないと思ってしまったが。
 
 第六区間ブラックマンタに戻ると俺は自室に戻るために歩き出す。ブラックマンタは第六区間をほとんど占める巨大な建造物だ。とはいってもビル群を無理やり繋げて一つの建物にしてしまっただけなので、時折どこかが壊れたり、それによる増設やら迂回工事がされたりした結果、この建造物はそのまま巨大な迷路のようになってしまった。初めての人間が目的の場所にたどり着こうとしたらかなりの時間を必要とするだろう。
 
 俺は階段を登って降りて廊下を左に行って右に進む。いつもの最短距離を使って、俺は自室にたどり着いた。
 
「…………」
 
 中はずいぶん静かだ。もしかして消えてしまったのではあるまいか。まあ仮にあの部屋に金目のものがあるとは思えないしむしろ消えてくれた方がありがたいのだが。 
 そんなことを思いながら、扉を開ける。
 
 
 …………そこにはフローリングの部屋があった。
 
 
「…………」
 
 扉を閉める。おかしい。部屋を間違えたらしい。俺は一歩引いて場所を確認する。しかし見覚えのある扉がそこにあるだけだ。
 
「真夏の扉を開いたか?」
 
 首をかしげて、もう一度扉を開けた。
 
「あ、おかえり」
 
 そこにはフローリングの部屋にエプロン姿のアリスがいる。
 
「…………ここはどこだ?」
 
「はあ? あんたの部屋以外に何があるのよ?」
 
「違う。俺の部屋はゴミ屋敷だったはずだ!」
 
「そんなの捨てたわよ。片付けのコツは捨てること。結構こういう部分は他人に任せるとうまくいくのよ。愛着無いから」
 
「そうかもしれんが、しかし、短時間でよくもまあここまで…………」
 
 俺は部屋に入り辺りを見渡す。足の踏み場も無かった部屋が嘘のように片付けられている。キッチン兼リビングもさることながら、隣の寝室までもがゴミが無く、必要最低限の物が綺麗に整頓されている。
 
「どんな魔法を使ったんだ?」
 
「ゴミを空に帰したのよ」
 
「……………………」
 
 危険は発言だ。しかし俺はベランダに出て下をのぞく勇気はなかった。
 
「あ、もしかして食べ物買ってきたの?」
 
「ん、まあな」
 
「ちょっと貸して」
 
 両手に抱えていた紙袋の一つをアリスが奪い取って中を確認する。
 
「ふ〜ん日持ちが良いものばっか買ってきたいみたいね。でも全然栄養のこと考えてないみたいだけど。干し肉ばっかりじゃん」
 
「当たり前だろ。料理なんてできないんだから」
 
「じゃあ調理器具もないのか。は〜本当に男って駄目ねぇ」
 
 やれやれといった雰囲気で首を振る。
 
「しょうがない。やっぱり私が一肌脱がないと駄目みたいね」
 
「脱がんでもいい」
 
「ちょ、今変なこと考えたでしょう!」
 
「考えてなんていねえよ。過敏反応だそれは」
 
「煩い煩い。紛らわしい研究してるそっちがいけないのよ!」
 
「逆ギレもいいところだな。おい」
 
「男が揚げ足とるな!」
 
 煩いアリスをとりあえず黙らせるために俺はもう一つの荷物をアリスに手渡す。
 
「ぬわ!」
 
「適当になんか作ってくれ。それまで俺は寝てる」
 
「ちょっと!勝手に!」
 
 文句を言うアリスを無視して寝室に入る。今日が快晴でよかった。すでにガラスは片付けてあったが、雨だったりしたら風通しのよくなった窓では寒すぎる。端に追いやられたソファに寝そべり、俺は瞳を閉じる。
 
「ちょっと!」
 
「お休み〜」
 
 そのまま俺は眠りについた。
 
 
「ん?」
 
 なんだか良い匂いをかいで、俺は思わず起き上がる。外の風とその匂いが交じり合って俺の鼻腔をくすぐっていた。
 
「なんだ? この匂いは」
 
 俺はふらふらと立ち上がり、匂いの元を探る。どうやらキッチンにその匂いの元があるらしい。重い足取りでそちらに向かうと匂いの元とアリスの後姿があった。
 
「ん?」
 
 足音で気づいたのか、アリスはこちらに振り向く。
 
「凄い鼻ね。出来たからそろそろ起こそうと思ったのに」
 
「鍋なんて家にあったか?」
 
 アリスの前には火にかけてある鍋が置いてある。あんな鍋がうちにあるとは知らなかった。
 
「あ、これは私物」
 
「私物ってあのでっかいバックの中に入ってたのか?」
 
「うん。この鍋便利なんだよ。焼き、揚げ、煮込み、なんでもOK。それに調理器具は使い慣れた奴の方がいいし」
 
「あのバックには一体何が入ってるんだよ」
 
 俺はちらりとキッチンの隅においてあるバックを見つめる。丸まれば俺一人入れそうなバックだ。そのバックを振り回すほどの腕力なのだから考えてみればとんでもない奴だな。
 
「乙女のバックには秘密がいっぱい入っているのよ」
 
「さいですか。それより何作ってんだ?」
 
「カレー」
 
「カレー?」
 
「野菜やお肉をお鍋に入れて煮込んだ後、香辛料を入れるの。簡単だけど美味しいよ」
 
「ふ〜ん」
 
 正直料理名などほとんど知らない。まあ食えればなんでもありだ。俺はリビングの中央のテーブルの近くに座る。というかこの椅子確か三本しかなかったはずだよな? しっかり四本あるのは何故だろう?
 
「はい、どうぞ」
 
 皿に乗ってきた茶色いスープのような食べ物。これがカレーか。見た目はちょっと悪いが匂いは食欲をそそる。スプーンを手に持ち、一口すする。
 
「お、うまい」
 
 濃厚な味わいとピリッと来る辛さがアクセントとなって食欲をそそる。これなら何杯でもいけそうだ。
 
「そうでしょ。パンにつけて食べるのも美味しいのよ」
 
 そういいながら自分の皿と俺が買ってきたパンを持ってくる。パンをテーブルの中央に置いて、アリスも座る。
 
「いただきまーす」
 
 そのまま自分の作ったカレーを食べる。
 
「うん。即席とはいえ、うまくいってる」
 
 満面の笑みを浮かべながらパンを片手にカレーを頬張る。俺はそれを眺めながら苦笑しつつ、カレーをすくった。
 
 
「あ、そうだ。これ」
 
 一通りカレーを食べ終わるとアリスはエプロンのポケットから一通の封筒を取り出した。
 
「なんだそれ?」
 
「父さんから預かったの」
 
 アリスからその封筒を受け取る。サインを見ると確かにおっさんの字だ。それにご丁寧に封筒にはおっさんの家の家紋まで使われている。アリスがおっさんの身内であることは間違いないらしい。俺はそのまま封を切る。中には薄い紙切れ一枚が折りたたまれていた。封筒からその紙を取り出して書かれた文字を確認する。書いてあることは至って簡単だった。いや、文字と言うべきなのか。手紙には
 
 
(´・ω・`)b
 
 
 としか書かれていなかった。
 
「……………………」
 
 これは一体どういう意味なんだ?
 
「何て書いてあるの?」
 
 アリスは皿に残ったカレーをパンに染みこませて口に放り込んでいる。
 
「どこかの国の意味不明な言語」
 
 俺は折りたたみ直して封筒に戻した。間違いなくおっさんだ。こんな手紙を渡す奴は俺は一人しか知らないし、それ以上いて欲しくはない。
 
「父さん手紙はわけ分からないこと書くの多いから」
 
 どうやら日常茶飯事らしい。
 
「しかし、おっさんの娘って言うけど全然似てないな」
 
 学者なのにおっさんの背格好は熊そのものなのだ。一方のアリスはかなり小さい。
 
「よく言われる」
 
「母親似なのか?」
 
「う〜ん、母さんはいないからわかんない」
 
 あっけらかんとそんな事を言うアリス。
 
「分からないって…………」
 
「言葉通り。私、物心ついて頃には父さんしかいなかったから」
 
 哀しいとかそんな雰囲気は全くなく、アリスは事実のみを語っていた。それ以上でもそれ以下でもない。
 
「そうか…………」
 
 これ以上何か言うことは出来なかった。
 
「さてと、そろそろお皿洗っちゃうね」
 
 アリスは立ち上がると俺の皿も合わせて洗い場に向かっていった。
 
「…………」
 
 俺はぼんやりとその後ろ姿を見つめていた。
 
 
 ランプの光がゆらゆらと揺れている。電灯もあるのだが、贅沢は敵だ。
 
「襲ってきたら殺すわよ」
 
「はいはい」
 
 元々そんな気は無いのだが、念を押され、俺は床に転がる。いつもの特等席はアリスに奪われてしまっていた。一日二日は耐えられるがさすがにいつまでも床で寝るのは無理だろう。まあ、その前にアリスが出て行けばいいのだが。
 
「それじゃ、おやすみ〜」
 
「へいへい」
 
 ランプの火を消すと部屋が暗くなる。しかし割れた窓からカーテン越しだがわずかな光が漏れているので真っ暗ということはない。
 
「…………」
 
「…………」
 
 俺たちはそれぞれ無言。眠るんだから話す必要もないのだ。俺は目を瞑りゆっくり眠気に体をゆだねる。
 
「ねえ、もう眠った?」
 
 ぽつりと声が聞こえた。
 
「寝てるよ」
 
 俺は呟く。
 
「まだ、起きてるんだ」
 
「そんなに早くは眠れねえよ」
 
 天井を見つめながらそう言った。
 
「あんたってさ、父さんのために研究所を出たんでしょ?」
 
「別に。おっさんのためって訳じゃないさ」
 
「じゃあ、何で?」
 
「…………まあ、一番の理由は敵が多すぎたんだな」
 
「敵?」
 
「そう。俺の研究はあんなんだから先ず一般の人間には誤解される。同じ研究員だってまともに取り合っちゃくれない。その上何しろ考え方はワイズ教を完全に敵に回すからどうやってもそれを広める事が出来ない。完全封鎖なのさ。俺の研究は。だから俺は降りた。言ってみれば俺は諦めたのさ。自分の夢を」
 
 今俺が生きているのは夢の残滓だ。燃え尽きずに残った切れ端でしかない。
 
「そっか。ずいぶん戦ったんだね」
 
「どうだろうな。ただ自分の信じたものが嘘だって言われるのが嫌だっただけかもしれない」
 
「今でもそうなんでしょ?」
 
「…………かもな」
 
「なんかさ」
 
 アリスが腰を上げる。
 
「私、あんたが全然逃げてないように思えるのよね」
 
「過大評価だ。そいつは」
 
「そうかなぁ…………」
 
 そして再び寝ころぶ。
 
「でも、まだ研究は捨ててないんでしょ?」
 
「それしか知らないんだよ」
 
「それでも、捨ててないじゃん。そんなに敵が多い研究なのに。もっと楽な生き方があるんじゃないの?」
 
「そうかもしれんが、こういう生き方が俺には一番合ってるのさ。歪みの中に身をゆだねて流れるままに生きているのが」
 
「どうやらそうみたいね」
 
 そう言ったアリスは何故か笑っているように俺には思えた。
 
 !!
 
「!」
 
「え?」
 
 突然部屋の中から破裂音が聞こえる。俺は跳ね起きて辺りを見渡す。
 
「何?」
 
 一体何が起きているのかまだ分かっていないアリスを無視して俺はそれを見ていた。
 
「何もんだ。あんた等?」
 
 目の前にいるのは黒い服を着た三人。顔まで黒い覆面で隠れているため容姿や性別すらも分からない。ただ、尋常ではない存在であることは十分に分かった。中央の黒ずくめが一歩前に出る。
 
「その娘を渡してもらおう」
 
 渋い声だ。たぶん男だろう。
 
「どういうことだ?」
 
「何なの?」
 
 どうも状況確認が一歩遅いアリスだが、それに構っている暇はない。
 
「その娘は希少な存在だ」
 
「まさか、グラスチャー家を狙っているってわけじゃないだろうな?」
 
「ふっ、そんなものには興味はない」
 
 男はあっさりとそれを否定した。
 
「その娘は人以上に希少な存在なのだよ」
 
「どういう意味か分からないが…………」
 
 言うより早く、中央の男を抜け出し黒ずくめが俺に向かってくる。
 
「ぐっ!?」
 
 避ける暇もなく、俺はそいつの一撃を受けて吹き飛ばされる。
 
「ちょ!」
 
 何か言おうとしたアリスに対しても一人が現れ、彼女に触れた
 
「!?」
 
 体が震えるとそのまま昏倒する。
 
「お前等!」
 
 立ち上がろうとするが、それよりも早く再度の一撃で再び俺は転ぶ。
 
「娘はいただいていく」
 
 一人がアリスを抱えて、去っていく。それに合わせて中央にした男も部屋へと出て行き、俺はそれを追いかけようと、
 
「がはっ!」
 
 強い衝撃を受けて、俺はそのままうつぶせに倒れた。
 
 
「…………い」
 
 酷く目覚めの悪い朝だ。何しろ後頭部がズキズキする。
 
「……おい」
 
 それになにやら幻聴まで聞こえてくるほどだ。今日一日酒は飲まなかったはずなのだが。
 
「…………そろそろ起きたか?」
 
「…………あ」
 
 俺は目をはっきりと開ける。目の前には何故かリークがにこやかに笑いながらそこにいた。目の前にいてこれほど不快にさせてくれる人間もそうはいないだろう。
 
「ようやく気がついたか」
 
「何で、お前がいるんだよ?」
 
「親切心と商売心の二つから。あの娘は?」
 
「!?」
 
 辺りを見渡す。そこは俺の部屋だが、しかしアリスはいない。そしてようやく現在の事態を思い出す。
 
「あの黒ずくめ…………」
 
 そして、ここにリークがいることをようやく悟った。俺はリークを見る。
 
「あいつ等は何者だ?」
 
 これを言わせたいがためにこいつはここにいたのだ。
 
「情報は高いぜ」
 
 そう言うリーク。
 
「上乗せでいくつか用意してもらいたいものがある」
 
「……面白そうだ。あんたの情報でチャラにできそうだな」
 
 リークが笑う。その笑みは実に挑発的な笑みだったが、今までで一番似合った笑みだった。
 
 
「相手は第七区間にいる一派だ。本来ならもう少し時間をおいて見極めてからと牽制し合っていたところをその牽制を抜けがけしてやってきた訳だな」
 
「で、理由は?」
 
「正直言えばわからん。なんでそこまであの子に執着するのか。まあグラスチャー家の娘ってだけで理由は十分なように見えるが、しかし第七区間の奴らは軒並みあの子を手に入れようと躍起になっている。あれほど色めき立っている第七区間は珍しいぜ」
 
 第七区間の情報はリークでもなかなか掴めないらしい。何しろ国家転覆を狙っているような奴らがうじゃうじゃいる所だ。情報一つとっても命がけのレベルだろう。
 
「そういや、リーダー格の奴がグラスチャー家という存在以上に希少な存在って言ってたな」
 
「おーい」
 
「グラスチャー家よりも希少ねぇ。三種の天才の一族以上の希少存在なんてオーパーツくらいしか考えられないけどな」
 
「そうなるか。しかしあいつがそんなもんを持っているようには見えなかったが」
 
「おーい」
 
「体内に埋め込まれているとか?」
 
「そんな事する理由がないだろ」
 
「そりゃそうだ」
 
「話を聞け!」
 
『ん?』
 
 俺とリークが振り返るとそこには一人の女性が立っていた。
 
 長身で俺よりも背が高い。短髪ではあるが、しなやかな体に優美な顔立ちは誰もが美人であると納得させるだけの説得力があった。しかし両脇に差した剣が彼女の威圧感をより一層強力にしていた。
 
「全く。いきなり仕事だと呼び出された私の気にもなってもらいたいものだな」
 
「リーク。もしかして頼んだ二つって…………」
 
「ああ。約束通り揃えたぜ。一石二鳥だろ?」
 
「というかさっさと私に依頼の内容を話せ」
 
「彼女はフォビラ=タービラン。こっちが雇用主のレンネ=タントラ」
 
「女衒の? そんな男が私に何の用だ?」
 
 疑い深く俺を見る女。フォビラと言えば聞いたことがある。
 
「フォビラって言えば『紅蓮』か」
 
 『紅蓮のフォビラ』と言えばこの界隈じゃ有名な奴だ。一匹狼の女剣士で腕っ節は強いが、短気であるため彼女の周りでは喧噪事が後を絶たないとか。
 
「ついでに、俺を女衒って呼ぶな」
 
「大して変わらんだろ。それが悪ければ調教師か?」
 
「あーいちいち突っ込むの面倒だから勝手に言ってくれ。俺の依頼は二つだ。一つは俺の今からやることの手伝い」
 
「厄介事か?」
 
「『厄介事請負人』のあんたの仕事だよ。で、後もう一つ。実はこっちの方が重要なんだが、ホントに大丈夫なのか? リーク。絶対そんなタマじゃないだろ彼女」
 
「まあ、試してみろよ。仕事ならこいつはやるから」
 
「だから何の話だ。正直話が全く繋がってないぞ」
 
「一から話すのは面倒なんだよ。まあ、とりあえず依頼は必ずやるんだよな」
 
「当たり前だ」
 
「じゃあ、キスさせてくれ」
 
「は?」
 
「しかもディープキスな。フレンチキスじゃ意味無いから」
 
「はぁ?」
 
「何だ? 言葉変えた方が良いか? じゃあ接吻させてくれ」
 
「何でだ!」
 
 まあ、当然の反応だよな。
 
 
「つまりだ。単純明快に言えば俺は女と和合することでその女と同時に能力を上げられるんだよ」
 
「そんな与太話信じられるか!」
 
「だー! だから言っただろリーク! 誰かそういうの専門の奴を一人呼んでくれって!」
 
「あーはいはい」
 
 するとリークはフォビラの肩を掴んで、そのまま俺に背中を見せてフォビラと何か話し合いを始める。
 
 
(…………つか、あいつんとこの借金チャラにしてもいいけど)
 
(ぐ…………)
 
(やばいんだろ。器物破損何回目だよ? 酒に酔ったとはいえ)
 
(それはだな…………)
 
(キス一つで借金チャラって凄いお得だと思うんだよ)
 
(しかし…………)
 
(いいじゃん、減るものじゃないし。緊急事態のためのノーカンって事で…………)
 
(…………ぬ〜)
 
 
 しばらく話しあってやがて二人は俺のほうを向いた。
 
「分かったしてやる」
 
 非常に不機嫌そうにそう呟くフォビラ。
 
「…………どんな魔法を使ったんだ? リーク」
 
「別に情報を右から左に出しただけさ。それよりさっきの話しって本当なのか」
 
「何が?」
 
「キスすることでパワーアップするって話し」
 
「本当だよ。つーか緊急事態で嘘ついてもしょうがないだろ」
 
「違いない」
 
 リークは頷く。
 
「私には理屈がさっぱり分からん」
 
「簡単に言えば陰陽思想による同一化だよ」
 
『?』
 
「男は陽、女は陰。本来一つであるものを二つに分けることで俺達は成り立っている。つまり俺達は本来ある力の半分しか発揮できない状態にあるんだ。それを補うことで一時的に本来の力、陰陽合一の力を得るわけだ」
 
「何を言っているのかさっぱりわからん」
 
「単純に言えば男女の足りない部分をキスで一時的に補ってパワーアップする。本当ならセックスが一番効率が良いし長時間保つんだがそんな暇無いからな」
 
「当たり前だ!」
 
 フォビラは顔を赤くする。
 
「なるほど。それがあんたの研究か」
 
 リークはニヤリと笑みを浮かべる。
 
「というより副産物だ。元々俺は宗教学を専攻していてジェンダーに関する研究をしていた。それで男女同一による悟りを得る方法を見つけてそこからその研究にシフトしたんだ」
 
「なるほどな。娼婦の調教はその研究の実践ってわけか」
 
「実践なんておこがましいことは言えねえよ。あれは俺の本来の研究の外枠程度でしかない」
 
「小難しいことを言ってる暇はあるのか?」
 
 話について行くのも億劫だと言いたげに呟くフォビラ。
 
「っと、そうだ。リーク場所は分かるんだよな」
 
「ああ。第七区間に安全に降りるために遠回りになるが第四区間に向かっている。近くに来れば連絡が来るはずだからまだ余裕はある」
 
「分かった。それじゃ悪いがいただくぞ」
 
「え」
 
 俺はそのままフォビラの後頭部に手をつけて自分の顔に近づける。
 
「!」
 
 唇を寄せ合う。結構やわらかいなと簡単な感想を浮かべ、舌を相手の口内へと侵入させる。
 
「!?」
 
 体を緊張させるが、やや緊張しすぎか。失敗したらもう一度だしそんなこと言い出せるはずも無い。まあ、こちらがリードするしかないか。舌はフォビアの歯に当たりその奥に進めるとフォビアの舌に触れた。
 
「ん!」
 
 その刺激に声をあげるフォビラ。しかし舌はそのままなのだから、潜在的に快感を得ているのかもしれない。唇と舌は言ってみれば外から見える臓器だ。感覚が非常に鋭敏でその刺激はダイレクトに脳に繋がっていく。俺もその快感に酔いながらも思考をシフトしていく。快感を相手に与え、そしてそれを力に変換するプログラム。自己暗示と常日頃から行なっている呼吸法、脱力法。そこから生まれる力の流転を合一した体に流し込み、加速させる。
 
 お互いの舌が重なり少しざらざらした舌の感触は頭だけではなく、下半身も刺激される。
 
 ちょっとヤバイな。
 
 俺はそう思い、少しばかり余計にその余韻に浸り、唇を離した。
 
「いきなり!」
 
 声を荒げようとするフォビラだが、途中で膝が崩れてその場に座り込んでしまった。
 
「気持ちよかっただろ?」
 
「ふざけるな!」
 
 気合を入れて立ち上がる。
 
「いや、俺は気持ちよかったし、もうちょっと続けてたらやばかった」
 
「な!」
 
 顔を真っ赤にするフォビラ。さっきから思っていたが、結構うぶだな。こいつ。
 
「まあ、それより落ち着け。大きく深呼吸してみろ。体を落ち着かせたら結構おもしろいことが起きるから」
 
「…………」
 
 疑いのまなざしのまま深呼吸をする。それを続けていくと表情が驚愕に変わってくる。
 
「な…………」
 
 周りを見渡す。
 
「どうして?」
 
 リークがその不可思議な表情を不思議に思い、フォビラに訪ねる。
 
「よく見える…………違う、よく分からないけど、よく感じる…………」
 
「? どういうことだ?」
 
 俺の方に顔を向ける。
 
「感覚が広がったんだよ。それが本来の人間が使用できる感覚だ」
 
 本来人間は自身の能力に枷をはめた状態にある。それを本来の状態に戻すと世界は一変する。何しろ視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚。それらの情報量が一気に倍になるのだ。そしてそれを扱いきることの出来る脳処理能力。自身が今まで以下に地べたを這いつくばっていたのかが分かる。
 
「嘘。って今笑ってるだろ。お前」
 
「ああ。そうそう俺達は表層意識なら感覚が繋がっているからどんな雰囲気か位は伝えられるな。いやしかし、戸惑いすぎだと思うぞ」
 
「この!」
 
 剣を抜こうとするが、それより早く、普通の人間なら出せぬ速度でその手を止めた。
 
「!」
 
 驚くフォビラに俺は笑う。 
 
「その怒りは相手に取っておいてくれ。それじゃあ、案内を頼むリーク」
 
「あいよ」
 
 俺たちのやりとりを笑いながら見ていたリークはそう言って再び笑った。
 
 
「離せー!」
 
 じたばたとあがくアリスだが、成果は全くなかった。何しろ体中を縄で縛られているので、抵抗しようも全ての四肢を動かすことができないのだ。そしてそれを軽々と片手で持ちながら歩くリーダー格の男。このような相手の前ではアリスは非力過ぎた。
 
 
 一体どこを歩いているのかこの街に来て三日しか経っていないアリスにはまったく見当がつかなかった。それに加えてアリスの方向感覚は著しく悪い。首都からこの街にたどり着くのに四日、そしてレンネの家に辿り着くまで三日の時間を有したのだ。そんな彼女がこの場所が一体どこであるかなど、知るよしもなかった。
 
 
「もう少し落ち着いてもらうと助かるのだがね」
 
 アリスを抱える男は息も切らさずにそう呟く。
 
「じゃあ、縄をほどいてよ」
 
「それはできない。君は貴重な品だからな」
 
「人をもの扱いしないで欲しいわね」
 
「ふっ」
 
 失笑。男からそんな声が漏れた。
 
「何よ?」
 
「君は自身を本当に人間だと思っているのだね」
 
「当たり前でしょ」
 
「君は神ではない、『人に作られた』存在だというのに?」
 
「………………」
 
 この男は自分のことを知っている。ただその事実だけが彼女の胸に去来した。別にそれによって揺れる想いはないが、問題が無いわけではなかった。
 
「どこで知ったの?」
 
「君は私のいた場所では有名だよ。グラスチャーが作り出した第三世代の『バイオロイド』。母の腹ではなく試験官から生まれた希少な存在だとね」
 
「………………」
 
 それが、アリスの正体だ。
 
 
 錬金術という学問において一つの生命体を誕生させた経緯がある。それが「ホムンクルス」という存在なのだが、その存在は生まれた試験官の中でしか生きることが出来ない非常に脆弱な存在である。しかしグラスチャーはそれを遙に凌ぐ生命体の誕生を計画した。その中で二つに分かれた道の中で生まれたのだが、「バイオロイド」である。クローンは全く違う、人の知によって作り出される生命体。人と同じ血や骨を持ち、同じように考える脳と同じく情報を伝達する神経を体中に巡らし、人間と同じ肉を得て、人間と同じように老いて死ぬ。その最終形として創造されたのがアリスだ。
 
 
「君を研究することで、私たちは新たな力を得る。考えても、見た前。肉体的にも精神的にも屈強な存在を思い通りに創造できる手法。そんなものがあれば国一つ取ることなどたやすい」
 
 男の言葉は熱を帯び、彼女を研究することの素晴らしさを語る。人が神に反逆して作り出した究極の素体。そんなものが目の前にあれば、興奮することも無理はないだろう。しかし、「究極の素体」だからこそ、彼の行動がいかに無駄であるかアリスは悟っていた。
 
「無駄よ」
 
 冷めた声でそう言った。
 
「何がだね?」
 
「私は父さんが作ったバイオロイド。それは本当よ。でもね、私は父さんに完璧に人間として作られた。そう『完璧』にね。だから…………」
 
 唯一動く首を動かして、相手を見た。
 
「私は人間と何一つ変わらないの。髪の毛一本から細胞一つね」
 
 完璧に作られた人間。故にそれは一切人間と違ってはいけないということ。
 
「すでに父さんの検査で私は百パーセント人間と変わらないことが証明されている。だから、何をどう検査しても普通の人間を検査しているのと変わらないのよ」
 
 そしてその最後の検査のためにアリスはここに訪れたのだ。人間として、人から作られた人間が本当に人間となるか。アリスの父、レーガンはアリスに伝えた。
 
 
『あいつの研究は人間の根元を研究している。それに成功すれば、もはやお前をバイオロイドと言う人間はいなくなる。お前は神の呪縛からも解放されたまったく新しい人類となる』
 
 
 そう、父とそして自分の証明のために。彼女はここにやって来たのだ。
 
 
「世迷い言だ。人が人を作り出すことなどできるはずがない」
 
 男に迷いは一切無い。いや、信じられぬのだろう。彼は自分のことを人間とは思っていないのだ。
 
 アリスはそれを悟り、そして諦めにも似た嘆息を心の中で吐いた。自分は人間だ。父や母の血を分けた存在ではないが、それでも人と同じく寝て、食べて、動き、笑い、泣き、そして死ぬ。だけど誰もそれを信じてはくれない。信仰が、倫理が、常識が彼女の捉える鎖だった。
 
(ああ、そうか…………)
 
 たぶん、彼もこんな気分で戦っていたのだろう。
 
 今日初めてあった彼。まだまだ何も知らない人ではあるが、それでも彼が真摯に自分の研究をしてきたことは知っていた。父は後悔などする人間ではないが、ただ一つ後悔があるとすれば彼を擁護しきることができなかったことだと語っていた。アリスの研究に携わり父の最も長い助手であるミミラは彼のことをいつも笑顔で話していた。どんな研究をしていたかまでは決して話してはくれなかったから、主に彼の研究態度とそんな合間のこぼれ話ばかり。だけどその話をまるで子守歌のように聞いていた。いつか会いたいと思っていた。どんな人か。どんな研究をしていたのか。
 
 だから会えた時は嬉しかった。想像とまるで変わらない人だったから。だからもっと色々話したかった。色々体験してみたかった。研究については、まあ、保留だけどちょっとくらいならと最初から思っていたし。だから
 
(もう一度、話したいよ…………)
 
 やりたいことは何一つしていない。お願いだから。 
 
 
「そいつを置いてけよ」
 
 だから、次に彼を見た瞬間、思わず涙をこぼしてしまった。
 
 
「そいつを置いてけよ」
 
 俺はそう言って、三人の前に立った。三人の表情を窺い知ることはできないが、立ち止まった所を見ると驚異は感じてもらえたようだ。
 
「断ると言ったら?」
 
 中央のアリスを抱えている男が一言告げる。それに合わせて残り二人が俺の方へと近づいていく。
 
「それより、何でお前等はそいつを誘拐なんてする。グラスチャーの家のものだからって理由じゃないんだろ?」
 
「ふ、その通りだ。彼女は博士が作り出した最高傑作のバイオロイドなのだよ。それを無防備にこのように晒しているのだ。有効利用させてもらわなければ」
 
「バイオロイドだと…………」
 
 一応そんな言葉を聞いたことはある。全くのゼロから人間を作り出す技術。まさか、それがアリスだってのか?
 
「どうやら知らなかったようだな。まあ、知っていたら彼女の重要性からあのような場所に置いておくわけはないか」
 
「そういうことか」
 
 ようやく謎が解けた。
 
 バイオロイドなら母親がいないのは当たり前だし、俺が彼女を知らなかったのはまだその時には姿形も無かったからだ。一時的に成長を加速させてある程度の年齢に達して初めて外に出し、教育を行う。そうやってアリスは誕生したのだろう。
 
 しかし、解せない部分がまだある。何でそんな貴重な存在を俺の所に寄越したんだ?
 
 
 まあ、そんなことは追々聞けばいい。今やることは他にある。
 
「そいつを返してもらうぞ」
 
「先ほど敵わなかった相手を相手にしてか?」
 
 男の口が歪むのが分かる。それは卑下の笑み。強者が弱者をあざ笑う笑みだ。
 
 過去幾度もその笑みに出会った。
 
 
『くだらない』
『恥を知れ』
『何でお前みたいなのがいるの?』
『冗談だと思ってたよ』
『金の無駄さ』
 
 
 幾度もそうやってその笑みの中で俺は戦ってきたのだ。今更怖じ気づくつもりはない。
 
「ああ。それに…………」
 
 三人は俺に集中している。今がチャンスだ。
 
「俺が『一人』で来ると思ったか?」
 
『!?』
 
 この場にいる『六人』の中で最も早く動いたのは俺の相棒だった。
 
 後ろから即座にリーダー格の男の片腕を斬りつけ、アリスを奪うと俺の方へと辿り着く。
 
「ナイス、フォビラ」
 
「造作もない。というより感覚が鋭敏過ぎて肉体が着いていかないぞこれ」
 
 片腕でアリスを抱きかかえていたフォビラはそのままゆっくりとアリスを降ろした。
 
「慣れだよ。慣れ。大丈夫かアリス?」
 
 俺は片膝をついて、アリスの安否を確認する。
 
「お前、泣いてたのか?」
 
「ち……違うわよ! これはちょっとゴミが目に入って……」
 
「来るぞ」
 
 アリスの言い訳を聞いている暇は無さそうだ。俺はアリスを両手で持って横に飛ぶ。
 
「頼めるか!」
 
 逆に飛んだフォビラに向かって叫ぶ。その叫びに反応した感情は愉悦。やる気満々のようだな。
 
「出し抜かれたよ」
 
 そして、俺の前の前にはリーダー格の男が立っていた。
 
「短時間で仲間を呼び奇襲とは……しかし、黙って逃がすわけにはいかないのでね」
 
「それはこっちも同様だ。後腐れ無くきっちり引導を渡してやるよ」
 
 俺はアリスを抱えながら再び横に飛んだ。
 
 
 二本の剣を抜き、二人に対峙するフォビラ。正直レンネによって施された能力向上がこれほどであるとは思わなかった。今なら百人同時に相手にしても負ける気はしない。それほどの力がフォビラの中で蠢いている。
 
「何もせず、去るならば私は追わない…………」
 
 剣を持ち直す。
 
「だが、決するなら敗北は死だと知れ!」
 
 そして、三人は激突した。
 
 
「あんた、案外力持ちなんだ」
 
「いや、ただドーピングしてるだけだ」
 
 アリスを抱えながら相手の追撃をかわす。
 
「どうした。私を倒すんじゃなかったのか?」
 
 アリスを抱えているとはいえ能力向上した俺についてくるのだから大した奴だ。通常時だったら絶対に勝てないな。
 
「ならば、私からいくぞ!」
 
 何も持っていない手を翳し、それを俺に向かって投げる。
 
「!?」
 
 俺は得もしれぬ感覚に襲われその感覚に従って、虚空を投げた斜線上を避ける形で横に逸れる。
 
 
 すると先ほどまで俺がいた地面が突然凹む。煉瓦造りの道が粉々だった。
 
「な!」
 
「あれを避けるか。勘がいいな」
 
 男は表情は分からないが、間違いなく笑っていた。
 
「異能力者(レアタレント)か!」
 
「ご名答だ」
 
 男は再び物を投げる体勢に入る。
 
「私の『空気振動(シェイカー)』から逃れられるかな?」
 
 そして再び俺に向かって見えぬ驚異を投げてきた。
 
「糞!」
 
 察知して避けること自体難しいことではないが、俺の能力向上は有限だからいつまでも続けることはできない。それにできれば余力を残しておかなければ、『仕掛け』の意味が無くなってしまう。
 
 不規則に入る俺の後ろの道が次々と凹んでいく。 
 
「反則にもほどがあるぜ!」
 
 自分事は棚に上げておいて、叫ぶ俺。
 
「ちょっと、大丈夫なの?」
 
 担がれているアリスは今どのような状況に陥っているか分からない。どちらかと言えば察してくれと言いたくなるが。
 
「限りなくクロだ。デッド十秒前」
 
「まるっきりダメじゃない!」
 
「!」
 
 アリスの叫び声に反応が遅れた。不可視の一撃が俺の肩にぶつかる。
 
「があ!?」
 
 その痛みをなんと表現していいのか。体の内を抉られたような、まるで肩の中に台風の様なものを潜り込まされたような痛みが俺を襲った。痛みに耐えきれなくなり、俺はそのまま転んでしまし、アリスを放り投げてしまう。
 
「きゃ!」
 
 そのまま転がっていってしまうアリス。
 
「手間をかけたな」
 
 倒れた俺の前に男は立ち止まった。
 
「ちっ!」
 
 肩に触れるが、明らかに骨があるべき場所にない。複雑骨折らしいが、目の前の死のせいか、痛みは感じなかった。
 
「あのままじっとしていれば死ぬことは無かったのに残念だ」
 
 男はそう言って、再び構える。
 
「どうにも俺はそういうを見捨てられないタチでね」
 
「そうか、プライドのために死ぬのも良かろう」
 
「ああ、だが死ぬのはあんただけどな」
 
「何?」
 
 その瞬間、光が辺り一面を覆った。
 
「これは!」
 
「悪いな。異能力者はあんただけじゃないんだ」
 
「まさか!?」
 
「爆心地点(グランド・ゼロ)…………」
 
 その呟きと共に光は閃光となった。
 
 
「嘘…………」
 
 閃光の次の瞬間にアリスが見たのはクレーターだった。丁度自分の数センチ先からそのクレーターが出来ており、その中心地点が確かレンネがいた場所だ。しかし、そこには何もない。
 
「ちょっと、レンネ!」
 
 名前を叫ぶ。しかし、答えるものがいない。
 
「レンネ!」
 
 もう一度叫ぶ。
 
「…………煩い。聞こえてるよ」
 
「え?」
 
 もぞもぞと体を動かして後ろを見る。そこには肩を抱いているレンネの姿があった。
 
「畜生。あいつの能力使い勝手が悪すぎるぜ。何で一度地点を設定した後設定し直せないんだよ。お陰で余計なダメージ食らっちまったし…………」
 
 ブツブツ呟きながら、アリスの縄をほどくレンネ。どうも片手が使えないらしく、かなり手こずったがようやく縄をほどいた。
 
「大丈夫か?」
 
「うん。それよりレンネこそ」
 
 アリスはレンネの肩に注目する。それに気づいて一度肩を見直し、
 
「まあ、見事に折れてるな。今は良いけどたぶん明日から痛みで死にそうになりそうだ」
 
 溜息をつく。その飄々とした態度に思わずアリスは絶句した。
 
「それよりさっさと帰ろうぜ。俺は眠いし」
 
「って、何でそんなに普通なのよ!」
 
「あ?」
 
「色々言わなきゃいけないことあるじゃない! 私がバイオロイドだったり、私を誘拐した奴らだったり、他にも色々!」
 
「面倒くさい」
 
 たった一言でその全てを黙殺してしまった。
 
「あんた…………」
 
「んなことこの際、どうでもいいんだよ。一言あるとすればさっさと家に帰れ。こんくらいだ」
 
「…………」
 
 本当に、目の前にいる男は自分の正体やそういったことはどうでもいいらしい。まるで助けて家に帰ることが当たり前過ぎる事実であるかのように億劫そうな表情を浮かべて。
 
「ねえ、それじゃあ何で助けたのよ?」
 
「何でって、誘拐された奴を助けるのって普通じゃないのか?」
 
「でも、あんたはさっさと家に帰れって言ってたじゃない」
 
「そりゃそうだ。おっさんの娘がこんな不良の所にいちゃまずいだろ」
 
「…………………」
 
 この人は………………
 
 本当に、話を聞いていた通りの人なのだ。無自覚で人を助けてしまう。それでいて自分についての結果をまるで考えていない。恐ろしいくらい優しくて恐ろしいくらいそれが怖いことであることを全く分かっていなくて、まるでその意味を分かっていない。
 
「信じられない…………」
 
「何がだよ?」  
 
「あんた。本当に馬鹿」
 
「助けられて人を馬鹿呼ばわりかよ」
 
「でも…………」
 
 そして、アリスは不思議な表情をする。泣いているような笑っている表情。
 
「嫌いじゃないよ。そういう馬鹿」
 
 
「終わったか」
 
 俺はアリスの肩を借りながら、元いた場所へとたどりついた。そこにはすでに剣を収めているフォビアがいた。
 
「ああ、ついでにお前の能力向上も切れた」
 
「そうだな」
 
 だからこそ、俺はガス欠でアリスの肩を借りなければ動けに状態になっているのだ。
 
「よー、ってもう終わってるか」
 
 まるで俺たち三人がやってくることを事前に察知していたかのように、リークがやってくる。
 
「ずいぶんとタイミングの良い登場だな」
 
「そうか? で、任務は完了のようだな」
 
 リークはアリスを見て、セクハラまがいの笑顔を向ける。その表情を見て、アリスは少したじろいだ。
 
「しかし、なかなか便利な能力じゃないか。レンネ。まさか異能力まで得られるとは思って無かったぜ」
 
「相手の相性だよ。まあ期待はしてたが…………」
 
 一度フォビアを見る。
 
「すげー使いづらい能力だった」
 
 人によってはそういうことも起きる。フォビアとの合一で得られたのが一度設定した地点から離れ、再び戻ることで発動する爆心地点という異能力。使い勝手は今までで最悪の能力だったが、威力だけは折り紙付だった。
 
「何故か、私を侮辱している発言に聞こえるのだが」
 
「気のせいだ」
 
「まあいい。あのキスのことは今回の経験で許してやろう」
 
 「キスって?」と何故か殺意のある声色で訪ねるアリスを無視して俺は苦笑した。
 
「リーク約束は果たしたぞ。借金の件、分かってるな?」
 
「了解、了解。今回は色々面白い物がみれたから気分が良いぜ」
 
 俺と、そしてアリスをみて、笑う。まるで笑う以外の表情が無いかのようだ。
 
「それじゃお二人さん。俺はそろそろおいとまするぜ。忙しくなりそうなんでね」
 
「私も帰って酒でも飲む」
 
「ああ、今日は助かった」
 
「また、何かあればいつでも」
 
 リークはそう言って、「私は二度とゴメンだ」と、フォビアは言い残し、二人は暗闇に消えていった。
 
「さっさと帰るかアリス」
 
「ねえ、キスって何よ?」
 
 あ〜説明するの面倒だなぁ。
 
 
「つまり、キスするとパワーアップするのね」
 
 質問攻めにあって家に帰る頃にはあらかたの事情を話し終えてしまっていた。
 
「色々語弊があるが、まあそんなところだよ」
 
 肩がズキズキとうずき始めている。まだ緩慢な痛みしかないが、たぶん明日になればこの痛みは本格化するだろう。とにかく医者に行かないとならないな。
 
「痛む?」
 
 肩を気にしていることに気づいたのか、アリスは沈痛な面持ちで俺の肩を見ていた。
 
「ん? まあ、折れてるからな。今はそれほどでもないけど、明日になったら医者にいくさ」
 
 近くにモグリの医者がいたはずだ。確か専門は耳鼻科だった気がするが、どうにかなるだろう。
 
「あ、あのさ。キスすればパワーアップできるなら、エッチなことすれば傷とか治せる?」
 
「は、何言ってんだよ」
 
「だから、私とそういうことすれば…………傷治せるかな〜って」
 
「…………」
 
 出来なくはないが、しかし。
 
「そんな都合良くいくわけないだろ」
 
「今の間は何よ?」
 
「ぐ」
 
 痛いところをついてくる。
 
 確かに本格的な方法を使えば、治癒力を高める事が可能だから骨折くらいなら数時間で治せるが。
 
「治せるんでしょ?」
 
「さて、どうだろうな?」
 
「じゃあ、ちゃんと目をみて言ってよ」
 
 溜息をついて、俺はアリスを見た。
 
「あのなぁ。傷なんてすぐ治るんだ。お前が無理することなんてないんだよ」
 
「じゃあ、治せるんだ」
 
「だから…………」
 
「だって、私のせいでそんな傷を負っちゃったんでしょ。なら、私が治してあげるのが道理じゃない」
 
「そんな道理あるか。どうせ処女なんだろ。そういうのは大切に取っておけ」
 
「…………私じゃ心配?」
 
「は?」
 
「私、普通の人間じゃないから。もしかしたらレンネの研究じゃうまくいかないかもしれないから…………」
 
「馬鹿……そんなわけ…………」
 
「じゃあ、試して見てよ。私が人間だって証明できるように…………」
 
「………………」
 
 こいつがここに来た理由。それがようやく分かった。自分が本当に普通の人間であるか。それを試すためにここに、俺の研究を試すことでそれを確かめに来たのだ。だから初めて会った時、おっさんの研究のためと言ったのか。
 
「そういうことか」
 
 片手でアリスの髪に触れる。
 
「あ…………」
 
 そのまますべすべの頬に触れ、顎に手を当てる。
 
「お前は人間だよ。誰がどう言おうと」
 
「じゃあ、それを信じさせてよ」
 
 俺の手を払いのけアリスの口が俺の口に触れた。暖かい唇の感触が俺の脳髄をとろけさせる。
 
「ん…………」
 
 積極的に舌を俺の口内へと滑り込ませるアリスに応えて俺も舌を滑り込ませていく。
 
「ん…………んん」
 
 お互いの唾液が混じり合い、解け合っていく。
 
「ぷはっ」
 
 直ぐにアリスは口を離す。
 
「レンネの口の中……血の味がする」
 
「お前の口の中はカレーの味がした」
 
「嘘! 歯磨いたもん!」
 
「なんだ磨いてたのか」
 
「やっぱり嘘じゃん」
 
「ちょっとからかっただけだよ。それより、続きはどうする?」
 
 さすがに立ちながらは無理だ。
 
「じゃあ、ソファで」
 
「ん」
 
 二人重なり合いながらソファになだれ込むように倒れた。
 
「片腕使えないからうまくちょっと重いかもしれない」
 
「ん、大丈夫」
 
 その言葉を聞いて、俺は再び唇を重ねる。今度はアリスの口内を蹂躙するかのように隅々まで舌を這わせる。
 
「ん! ……ふ!」
 
 まだ不慣れなアリスはその刺激に思わず驚き、すぐに離れてしまう。
 
「ちょっと! ん!」
 
 抗議も聞かず、もう一度繰り返す。三度目のキスでだいぶ慣れてきたのか、先ほどの刺激にも耐えて俺を攻撃してきた。今度は俺の方が音を上げて、口を離す。
 
「へへ、勝った」
 
 ちょっと悔しいので、俺は今度は首筋から鎖骨にかけてゆっくりと舐めることにする。
 
「な、ちょ、はぁ!」
 
 そのまま上着を脱がせて上着を脱がせていく。舌はそのまま鎖骨から脇にかけて舐めていき、胸の手前で顔をあげた。
 
「はぁ、はぁ、いきなり……」
 
 途中で言葉を止めて赤くなる。自分の今の姿に気づいたのかとっさに胸を隠した。
 
 下着姿のアリスは胸はそれほどでもないが、バランスが良くてその上ウェストが細い。正直もう少しものを食べるべきでは無いかと思えるほどだ。ただ全体的にこいつは小さいので、何だか禁忌感がぬぐえないな。
 
「ちなみにだが、お前、今何歳?」
 
「え? ……え〜と、五歳くらい?」
 
「ご! マジかよ」
 
 俺が出て行った時くらいに生まれたって事か。
 
「でもミミラさんは体格的、精神的には二十歳くらいだって言ってたから」
 
「じゃあ、成長はもう止まってるのか」
 
「何よ。止まっちゃ悪いの」
 
 殺気だった目つきになり、俺は慌てて否定する。
 
「違う違う。確かに胸は無いが、バランスが良いから綺麗だし」
 
「う、真正面から言われると結構恥ずかしい」
 
「これからもっと恥ずかしくなるが、というか今、凄い脱がしたいし」
 
「〜〜〜〜!」
 
 いきなり上に逃げる。
 
「待て待て、つか、脱がないと始まらないし」
 
「分かってるけど、あ、そうだ」
 
 するとアリスは俺に抱きついてくるとくるりと体勢を反転させた。片手で体重を支えていた俺はされるがままにソファに寝かされ、たちまちアリスが上になってしまった。
 
「なに?」
 
「まずは、レンネを脱がせようと思って」
 
 何が楽しいのか笑いながら俺を脱がしにかかる。
 
「っていきなりかよ痛っ!」
 
 上着を脱がせようとして肩に痛みが走った。
 
「あ、ゴメン」
 
 素直に謝りつつも脱がす手は止めない。そしてあっという間に俺の上は完全に脱がされてしまった。
 
「へぇ、案外良い体してるんだ」
 
「一応な」 
 
 鍛えていると言うには大したことはしてないが、それでも常に体を動かすことはしているので、一応裸になっても恥ずかしくない体にはしている。
 
「それでは…………」
 
 俺がうまく動けないことを良いことに今度はズボンまで脱がそうとするアリス。
 
「って、いきなりかよ!」
 
「というか、ちょっと興味あったり」
 
 ズボンを脱がせて、そして
 
「うわ…………」
 
 すでに勃起している俺のペニスが露わになる。
 
「…………」
 
 一体何を考えているのか、俺のペニスを見続けて黙っているアリス。そんなに見られるのはさすがに恥ずかしいな。
 
「何やってんだよ、お前?」
 
「へ、あ、いや、うん…………」
 
 まるで答えになってない。
 
「ちょっとびっくりした。男の人のってこんなん何だ…………」
 
「いや、普段はもっと小さいぞ。興奮するとこうなるんだ」
 
「あ、そうなんだ。ズボンはく時大変だなぁって思っちゃった。レンネ、触って見ていい?」
 
「いいけど、引っ掻いたり噛みつくなよ」
 
「そんなことしないよ」
 
 そう言いながら、アリスはおそるおそる俺のペニスを握る。違う人間の手がペニスに触れることでピクりと無意識に動いてしまう。手が硬直するが、すぐにそれが収まったので両手でペニスを包むように触った。
 
「暖かい……」
 
「血液が集まってるから」
 
「骨じゃないんだ」
 
「骨だったら大きくなったり小さくなったりしないだろ。それよりちょっと気持ち良くしてくれないか」
 
「どうやるの?」
 
「手を上下に動かしてみてくれ」
 
「こう?」
 
 両手を上下に動かす。しかしペニスにほとんど触れていないので、刺激が少なくもどかしい。
 
「もうちょっと強く握ってみてくれ」
 
「ん」
 
 両手を重ねて先ほどよりも強く握り、上下に動かした。
 
「ん…………良い感じだ」
 
「気持ち良いんだ」
 
「ああ」
 
 まだ刺激としては物足りない部分もあったが、それでも十分気持ちが良い。
 
「ん…………」
 
 繰り返し上下をしごくアリス。だがいかせん初めての経験なため応用がない。まあ、これはしょうがないか。
 
「ストップ。今度は俺がお前を気持ちよくする」
 
 しごいていた手を掴んでこちら引き寄せる。
 
「きゃ!」
 
 アリスの体が俺と重なり、そのまま俺はアリスの背中に手を回してブラのホックを外す。そして体を反転させた。
 
「あ!」
 
 アリスも自分のブラを外された事に気づき、慌てて胸を隠した。
 
「ほら、隠さない」
 
 俺は胸の上あたりに口づけをする。
 
「ふむ! ああ!」
 
 混乱に乗じてアリスの手を振り払う。
 
「見ないでよ…………」
 
 観念したのか、アリスはもう手で隠すことはしなかった。アリスの胸は先ほど確認したとおり、それほど大きくはない。ぶっちゃければ小さいのだが、それでも胸は胸である。胸の先にあるピンク色の乳首はすでに勃っており、アリスも興奮していることが分かった。
 
「やっぱりお前は人間だよ…………」
 
 そう言って、アリスの胸に顔を近づけ、ゆっくりと舐める。
 
「何を…………んあ!」
 
 今までで一番の快感を伴い、アリスは思わず声を荒げる。丹念に胸をそして勃った乳首を舐める。あまり舐めすぎると痛くなってしまうので、周りと頂点を交互に繰り返す。
 
「ああ!…………ん…………や!」
 
 その間に動く手をアリスの下半身に向け、下着の下に潜り込ませる。すべすべの肌はそのままで俺はアリスの恥丘へと到達した。
 
「!」
 
 思わず足を閉じて俺の手の進行を妨げるアリス。だが少し遅すぎた。すでに俺の手はアリスの割れ目の先に到達している。経験を元に俺はこいつのクリトリスを探り当てそのままそっと触れる。
 
「ふあ!」
 
 今まで一番の声をあげ、思わずアリスはのけぞる。
 
「な……何? 今の?」
 
 自分に起きたことが理解できず、荒い息を上げながら訪ねる。
 
「女性が一番感じるところに触れたんだよ。気持ちよかっただろ?」
 
「気持ち良いとかってより、何だか体中に電気が走ったみたい…………」
 
「最初はそんなもんか。というかオナニーとかしたことないのか?」
 
「無いわよ、そんなこと!」
 
「知識が偏ってるなぁ。まあしょうがないか」
 
 そう言いながら足の力が弱まったことをいいことに俺はより深くアリスの秘部へと侵入を試みる。
 
「ん…………ちょ………ひゃ!」
 
 経験は浅いが感じやすいらしく少し性器を指をくねらしただけで熱の籠もった声を上げる。俺は手を離し、その手を使ってアリスの下半身に体を動かす。もう抵抗する余裕もないのか、アリスの足はだらしなく広がっていた。
 
「脱がすぞ」
 
 断りも聞かず勝手にそう宣言してアリスの最後の布地を脱がす。
 
 アリスの秘部は体毛が一本もなくらしいと言えばそうだった。白く透き通る肌がそのまま秘部まで行き届いており、ふっくらと盛り上がった恥丘からはすでに体液がこぼれている。
 
 俺はそのまま片手を器用に使って秘裂をそっと広げる。白とピンクの中間程度のほのかな色をした性器が露わになる。体液ですでに濡れているそこはこいつの体格も相まってどこか背徳的だ。しかしすでに興奮していることは小さいながらも存在を誇示している勃起したクリトリスを見れば分かる。
 
「レンネ…………」
 
 潤んだ瞳で見つめるアリスは今まで以上に艶めかしい。手で扱うのは限界があるので、俺は顔をアリスの股に静めていく。
 
「はあ…………」
 
 すでに敏感になっている性器は俺の息遣いだけで反応している。そのまま俺は舌を使って、アリスの陰核をつつく。
 
「ふあ! ……ん! ああ!」
 
 強烈な刺激に弓なりになるアリス。俺は一時クリトリスを責めるのを止め、その下の膣口の周りを舐める。
 
「あ、あう! くあ! レンネ! ダメだよ! 何だか!」
 
 舌を膣に侵入させ、奥へ奥へと勧めていく。膣から漏れる分泌液は止め処なく、俺の舌や口を濡らす。
 
「んん! ああ! ふあ! ああ! ああああ!」
 
 体が壊れるかと思うほど硬直するとそのまま脱力する。
 
「イったか?」
 
「ん……ふあ、何これ?」
 
 余韻が残っているのかどこか虚ろなめで俺を見ているアリス。そうだ。今の内に………… 
 
「レンネ?」
 
 俺はアリスに重なりながらソファの下を探る。
 
「あったあった」
 
 それを取り出す。部屋の中には適当に放り投げてあったからたぶんあるとは思ったが。
 
「何…………それ?」
 
「コンドーム」
 
 片手で持って歯で袋を切る。そして中のゴムを取り出すが、
 
「片手じゃ無理か」
 
 さすがにコンドームを片手で扱うのは無理だよな。しかし、使わないわけにはいかないし。
 
「どうしたの?」
 
 余韻も冷めて来たのか、だいぶ口調がはっきりしてきているみたいだな。
 
「いや…………」
 
 そうか。俺が出来ないなら頼めばいいか。
 
「悪い、アリスこれを俺のにかぶせてくれないか?」
 
「何で?」
 
「お前、避妊って言葉知ってるか?」
 
「…………あ」
 
 思考が繋がったらしい。
 
「そっか。そうだよね」
 
 アリスはそのままコンドームを受け取る。
 
「それじゃ…………」
 
 俺は体を起こして、それと同時にアリスが起きあがり、俺の下半身に体を向ける。
 
「これってどうやってつけるの?」
 
「こう、空気を抜いてそんでかぶせていくんだよ」
 
 まさか、女にコンドームの被せ方を教育するとは思わなかったな。
 
「ん……これで」
 
 手こずりながらコンドームを被せることが完了し、再び体勢を戻す。
 
「つけてもらってなんだが、今ならまだ引き返せるぞ」
 
 最終確認。ここでひるむようならまだ終わることが出来る。
 
「本気で言ってる?」   
 
 しかし、引く気はまったくないようだ。本当にこいつの家系はとんでもないと思う。
 
「ホントにお前はグラスチャーの人間だよ」
 
「それって誉めてる?」
 
「どうかな?」
 
 俺は反り返ったペニスをアリスの性器の下あたりに当てゆっくりとそれを引き上げていく。
 
「ふあ…………」
 
 膣口に亀頭の先が入っていく。
 
「大丈夫か」
 
「大丈夫なわけないじゃない。私、初めてなんだから」
 
「分かった。取り敢えず深呼吸してみろ。緊張してると余計痛いぞ」
 
「うん」
 
 俺の言うとおり目を瞑って大きく息を吸って息を吐く。それを三度繰り返して目を開けた。
 
「行くぞ」
 
「ちょっとタンマ」
 
「何だよ?」
 
「あのさ、やっぱり痛いんだよね」
 
「人によるな」
 
「すっごい痛い場合は?」
 
「泣く」
 
「う〜…………」
 
 土壇場に来て怖じ気づいたらしい。
 
「やっぱ止めるか?」
 
「止めない」
 
 一度目を閉じて、何かを口ずさむと目を開ける。
 
「いいよ」
 
「…………分かった」
 
 アリスの承諾を得て、腰をゆっくりとアリスにすり寄せていく。それに合わせてペニスが膣口に飲み込まれていく。いや、どちらかと言えば飲み込んでいく感じだ。狭い膣口に比べて膣の中は少し広がりがある。だが、
 
(こいつ!)
 
 亀頭の先が入ると膣内はまるでそれを待っていたかのように蠢き亀頭に強い刺激を与えてくる。あまりにもいきなりの洗礼に俺は思わず射精してしまいそうになる。
 
(嘘だろ。こいつ凄い名器の持ち主ってことか?)
 
 今までの経験の中では無かったほどの感触だ。
 
「あ、入ってきた……」
 
 一方のアリスはペニスの挿入に不安そうな声をあげる。
 
「痛くないか?」
 
「大丈夫。でも、お腹の中に入ってくるから凄い変な感じ」
 
「もうちょっと入れるぞ」
 
「うん」
 
 ゆっくりと痛みを与え無いようにペニスを埋没させていく。しかしこのゆっくりな動きだというのにまるで直ぐにでも射精させたいと言いたげにアリスの膣は収縮を繰り返す。経験の無い奴ならこれだけで射精してしまうんじゃないだろうか。締め付けはそれほどでも無いが、もしこれでちょっと鍛えればたぶん男なんてあっという間に虜にしてしまうだろう。それだけアリスの膣は蠱惑的だった。だが、その肉壁の奥へと勧めようとすると亀頭が処女膜に当たった。
 
「はあ、あ…………………」
 
 興奮状態に入っているようで、アリスはかろうじて視線が定まっている感じだ。
 
(これなら)
 
 俺は一気に処女膜を破り、ペニスを根本まで埋めた。
 
「ふわ!」 
 
 ゆっくりだった動きが突然早くなったので、アリスの体が緊張する。
 
「大丈夫か?」
 
「へ…………?」
 
「全部入ったぞ」
 
「あ……痛くない…………」
 
「実際はこんなもんだよ。ちょっと動いて良いか?」
 
 さすがにそろそろ俺も我慢できそうにないし。
 
「うん」
 
 頷くアリスを確認して、先ず俺は最奥まで到達させたペニスをゆっくりと引き抜いていく。
 
「あ……ああ」
 
 その際もまるでペニスを離したくないという感じで肉壁が熱と襞を持って俺のペニスをとろけさせる。
 
 亀頭の先まで戻すと再び奥へ。ゆっくりとそしてだんだん早くそれを繰り返す。
 
「ああ………嘘……く! はあ! 気持ちいい! 気持ちいいよ!」
 
 歓喜の声を抑え切れず、やがてそれは大きな声となって俺の興奮を一層高めてくれる。
 
「ねえ……はぁ……レンネ! 気持ちいい? 私の中! 気持ちいい!」
 
「ああ、気持ちいい」
 
 突けば突くほど、埋めれば埋めるほどアリスの膣内は変幻自在に俺のペニスをまとわりついていく。襞がからまり、吸いついてくるみたいだ。
 
「ん!ああ!ひゃあ!レンネ!レンネェ!」
 
 体を緊張させ俺に抱きついてくるアリス。それが今まで無かった膣の締め付けを生み、俺の射精感が高まる。
 
「く!」
 
 ダメだ。もう我慢するのが限界だ。俺は大きな動きから小刻みな動きに変化させて射精を促す体勢に入る。
 
「レンネ!ダメ!私ぃ!また!」
 
「はぁ、はぁ!アリス!アリス!」
 
 目の前にいる少女の中に果てることだけを考え、腰を振る。ペニスは熱くなるほど充血し、揺れるアリスは胸も大きく動き、その痴態が射精感を強めていく。
 
「レンネ!来る!ダメ!落ちちゃうよ!」
 
 ぎゅっと俺の体を抱いてしがみつく、俺はそのままアリスの唇を奪う。
 
「ん!」
 
「!」
 
 キスが引き金となり、アリスが先に達し、その瞬間だめ押しの膣の締め付けが、俺を襲った。
 
「!」
 
 抵抗など出来ずはずもなく、頭の中に閃光が走る。それと共に精液が一気に駆け上がり、放出される。あまりの快感にゴム越しだというのにそのまま突き破って出て行ってしまうのでは無いかと思うほどの射精感。
 
「はぁはぁはぁ」
 
「はぁはぁはぁ」
 
 二人の息遣いが重なり、俺はもう一度、アリスにキスをした。
 
 
「ん」
 
 腕を動かしてみるが、若干の違和感と緩慢な痛みはあるが、それ以外に異常はない。
 
 実際のところ怪我を治す方法ってのは経験が少ないのでちょっと不安もあったが、ここまでうまくいくとは思わなかった。もしかしたら相性が良いのかもしれないな。
 
「どう?」
 
 すでに服を着替えたアリスは俺に尋ねる。
 
 あのまま寝てしまった俺達はさきほどようやく目覚め、アリスはシャワーを浴び、俺はそれを待っているという形になっていた。
 
「治ってる。ほらな」
 
 肩を回してみる。
 
「そっか、良かった」
 
 アリスはほっと息をついて、笑う。
 
「私の初めてをあげたんだから治ってもらわなくちゃ困るけどね」
 
「まあな。で、何時帰るんだ?」
 
「へ?」
 
 変な顔をするアリス。
 
「へ? じゃ、無いだろ。お前は自分が人間であることを証明するためにここに来たんだろ。俺の肩が治ったって事はお前は人間となんら変わりないって事が証明されたんだから、ここにいる理由がないじゃねえか」
 
「…………あ」
 
 まるで、今気づいたかのような声を上げるアリス。
 
「で、でも。たまたまかもしれないし」
 
「たまたまなんてあるかよ」
 
「え〜と、それじゃあ…………」
 
 何故か帰ることをしぶるアリス。まさか、こいつ。
 
「お前、もしかして…………」
 
「何よ?」
 
「セックスにはまったんじゃ無いだろうな?」
 
「………………!」
 
「ぐへぁ!?」
 
 脳天まで響くビンタをまともにくらい、俺は吹っ飛ばされる。
 
「おま! いきなり何するんだよ!」
 
「煩い! もう少しここにいる!」
 
「何でだよ!」
 
「男がつべこべいうなぁぁぁぁ!」
 
 叫ぶアリス。女の逆ギレほど始末の負えないものはない。
 
「ったく、何なんだよ」
 
「とにかく、しばらく私はいるからね!」
 
「何でだ!」
 
「何でも!」
 
 もう完全に平行線だ。まあいい、こんな生活絶対に長く続きはしない。後数日すれば勝手に帰るだろう。
 
「へいへい」
 
 俺は立ち上がる。一旦折れてしばらくすればきっとコイツは自分から帰っていくさ。
 
「よろしい」
 
 笑うアリス。まあ、いいか。俺は苦笑する。
 
 
 どうやらこの奇妙な生活はしばらく続くらしい。
 
 俺はそう思い、そして何かを期待している自分がいることに気づき、それに対して苦笑した。

END
後書き